八戸は、港の町だ。八戸港は青森県最大の漁港であり、いか・さば・いわしの水揚げ量が長年にわたって全国上位に位置している。冬の港には水揚げされたばかりの魚の香りが漂い、岸壁では漁師たちが網の手入れをしている。そういう町で、朝仕事を終えた人間が昼過ぎに向かう場所として、古くから銭湯が機能してきた。市の沢浴泉は、その流れの中にある。
市の沢浴泉は、八戸市内にある銭湯で、男女ともにサウナを完備している。料金は480円。14時から営業している。D'STYLEの仕事で八戸を訪れるたびに、時間が許せば立ち寄る施設のひとつだ。設備が豪華なわけでも、ロウリュがあるわけでもない。しかし、この施設には何か確かなものがある——それが言葉にしにくいのだが、「本物のサウナ」という感触だ。
八戸という町とサウナ文化
八戸市は青森県南東部に位置し、岩手県との県境に近い。人口は約22万人で青森市に次ぐ県内第二の都市だ。太平洋に面した港を中心に、水産加工業と重工業が発達している。かつては八幡製鐵(現・日本製鉄)の工場誘致によって重工業化が進み、工場労働者の街としての側面も強かった。
労働者の多い街では、銭湯の需要が高い。工場や漁船での作業を終えた身体を洗い、疲れを流す場所として銭湯は機能してきた。昭和の時代には八戸市内に数多くの銭湯が存在していたが、家庭風呂の普及とともに多くが廃業した。現在も営業を続けている銭湯は、地域のコミュニティの核として機能している施設だ。
サウナと銭湯の組み合わせは、日本では昭和30〜40年代に普及した。フィンランドのサウナ文化が日本に本格的に紹介されたのは1964年の東京オリンピックの頃で、その後、各地の銭湯やスパ施設にサウナ室が設置されるようになった。市の沢浴泉のサウナも、そうした時代の流れの中で整備されたものと思われる。
男女ともに90℃——銭湯サウナの矜持
市の沢浴泉の特徴のひとつは、男女ともにサウナ室が90℃維持されていることだ。銭湯のサウナでは、男性浴室のみにサウナが設置されている施設が多い。また、サウナがあっても低温で稼働している施設や、男女でサウナの質に大きな差がある施設も少なくない。
男性浴室のサウナが90℃、水風呂が20℃。女性浴室のサウナが90℃、水風呂が16℃。この数字を見たとき、最初に感じたのは「ちゃんとしている」という言葉だった。銭湯のサウナとして、最低限の温度を保つのではなく、本格的な体験ができる温度設定にしているということだ。女性の水風呂が男性よりも冷たい16℃に設定されているのも興味深い。利用者の声が反映されているのか、意図的な設定なのか、次回訪れたときに確認したいと思っている。
480円でこれだけのサウナが使える——そのことの価値を、都市のサウナに慣れた人間が気づかないとしたら、それはもったいない話だ。
コンパクトな銭湯のサウナ室は、大型スパ施設とは異なる空間だ。天井が低く、座面の段数も少ない。しかしその分、熱が凝縮されていて、ストーブとの距離が近い。ストーブから発せられる輻射熱が直接肌に伝わり、汗が早く出る。「コンパクトだから熱い」という感覚がある。
銭湯ならではの温浴体験
銭湯でのサウナ体験は、設備の豊かさとは別の軸で評価されるべきものがある。市の沢浴泉を訪れると、まずその空気感に気づく。常連の人たちが挨拶を交わしながら入っていく。脱衣所では地元の話題が交わされている。浴室に入ると、大きな湯船に数人が浸かっている。その隅に、サウナ室がある。
サウナ室から出て水風呂に入り、浴室の端に置かれた椅子に座って外気浴ならぬ「内気浴」をする。銭湯の浴室は密閉されているから風がないが、湯気と熱気が動く中で体が冷えていく感覚がある。常連の人が声をかけてくれることもある。「どこから来たの」と聞かれ、盛岡からだと答えると、「遠いところから来たね」と返ってくる。そういう会話が自然に生まれる空間だ。
銭湯のサウナには、大型施設にはない「生活感」がある。清潔で豪華なサウナ施設が増えた今の時代に、その生活感こそが希少なものになりつつある。地元の人が生活の一部として使っているサウナの空気を吸うこと——それはその土地を知ることと、どこかでつながっている。
水風呂の質と「ととのい」の条件
サウナ体験の質を大きく左右するのが水風呂だ。市の沢浴泉の男性水風呂は20℃、女性は16℃。20℃という温度は、体感的にはしっかり冷たいと感じる温度だ。一般に「冷たい」と感じる水風呂は15〜18℃程度とされることが多いが、20℃でも十分にサウナ後の身体を冷やすことができる。大切なのは絶対的な温度よりも、サウナとの組み合わせと、繰り返しのセット数だ。
90℃のサウナで十分に温まった後に20℃の水風呂に入ると、温度差は70℃になる。この温度差が、いわゆる「ととのい」のメカニズムに関係している。激しい温冷交代浴によって自律神経が刺激され、血管が拡張・収縮を繰り返した後、外気浴(または内気浴)で副交感神経が優位になる状態——それが「ととのう」という感覚の正体だとされている。
女性浴室の16℃という水温は、さらに積極的な冷却が可能だ。90℃サウナ→16℃水風呂という組み合わせは、温度差74℃。この環境があれば、銭湯という場所でも本格的なサウナ体験ができる。
八戸のサウナ事情と市の沢浴泉の位置づけ
八戸市は、サウナ施設の充実した地域だ。八戸銭湯オールウェイズのような全国的に知られたサウナ施設もあれば、壽浴場のような歴史ある銭湯サウナもある。パンション弁慶という男性専用の高温サウナ施設もある。市の沢浴泉は、そういった八戸のサウナ事情の中で、「普段使いの銭湯サウナ」として機能している施設だ。
ハードコアなサウナ愛好家にとっては、オールウェイズのような専門施設に行くことが多いだろう。しかし、仕事帰りに一汗流したい、週に数回ルーティンとして銭湯に通いたい、という需要に応えているのが市の沢浴泉のような施設だ。480円という料金も、日常使いに適している。
D'STYLEの代表として東北各地のサウナ施設を訪れてきて感じることがある。それは、「日常のサウナ」と「非日常のサウナ」が両方あることの大切さだ。十和田湖のバレルサウナは非日常の体験だ。しかし市の沢浴泉のような銭湯サウナは、日常の一部としてサウナを位置づけるための存在だ。どちらか一方では、サウナ文化として完結しない。
訪問前に知っておきたいこと
市の沢浴泉は午後2時からの営業だ。夕方から夜にかけてが混む時間帯で、平日の夕方以降は常連客で賑わう。週末は比較的ゆっくり入れる時間帯もある。定休日については、現地または電話で確認することを勧める。
銭湯であるため、シャンプーや石けんなどのアメニティは持参が基本だ。手ぶらで行く場合は、フロントで石けんなどを購入できる場合もある。タオルは持参するのが標準的だ。サウナ室に入る前に必ず身体を洗い流すこと——これは銭湯サウナでのマナーとして守りたい。
八戸に来た際、時間が余ったらぜひ足を運んでほしい施設だ。豪華さはないが、八戸の日常に触れながらサウナに入る体験は、観光施設では得られない何かがある。三陸海岸や八食センターを訪れた帰りに立ち寄るコースも、旅の仕上げとして悪くない。
FACILITY DATA
| 施設名 | 市の沢浴泉 |
|---|---|
| 住所 | 青森県八戸市 |
| 種別 | 銭湯 |
| 営業時間 | 14:00〜(詳細は現地確認) |
| 定休日 | 要確認 |
| 料金 | 480円〜 |
| サウナ | ドライサウナ / 男90℃・女90℃ |
| 水風呂 | 男20℃・女16℃ |
| 外気浴 | なし(内気浴) |
| 男女 | 男女別 |
| 駐車場 | 要確認 |
| アクセス | 八戸市内(詳細は現地確認) |
市の沢浴泉のような銭湯サウナが、八戸の日常の中に存在し続けていることを、ひとつの文化として大切にしたいと思う。設備や豪華さを追求した施設が増える中で、「生活の中のサウナ」が持つ価値は、むしろ高まっているかもしれない。480円で本格的なサウナ体験ができる場所——それは決して当たり前ではなく、日常を守り続けてきた銭湯の人たちの努力の結果だ。