平川市は、旧平賀町・尾上町・碇ヶ関村の三つが合併して2006年に生まれた、比較的新しい市だ。弘南鉄道大鰐線が走り、窓の外にはりんご畑が広がる。青森県内でも有数のりんご産地であり、秋になれば沿道のあちこちに赤い実がたわわに実る。その平川市の市街地寄りに、「つがる温泉」はひっそりと建っている。
「つがる」という名はむろん津軽地方そのものに由来する。津軽とは、青森県西部一帯を指す古称であり、藩政期には弘前藩の版図に重なる。平川市は津軽の東南端に位置し、すぐ隣の大鰐町には大鰐温泉という歴史ある名湯がある。つがる温泉という屋号には、この地が津軽の湯どころの縁端に連なっているという自負が感じられる。
FACILITY DATA
| 施設名 | つがる温泉 |
|---|---|
| 所在地 | 青森県平川市 |
| 施設タイプ | 温泉銭湯 |
| 営業時間 | 06:00〜22:00 |
| 入浴料金 | 450円 |
| サウナ温度 | 男88℃ / 女80℃ |
| 水風呂温度 | 男20.3℃ / 女12℃ |
女性サウナより女性水風呂の方が冷たい ― この逆転現象を考える
この施設のデータを初めて見たとき、目を疑った。女性サウナは80℃と控えめな温度に設定されているのに、女性水風呂は12℃という極端な低温を叩き出している。男性の水風呂は20.3℃だから、実に8℃以上の差がある。女性浴室の方が、水が圧倒的に冷たい。
この不思議な逆転現象には、源泉の性質と湯量のバランスが関係していると考えられる。源泉を引いた冷水がそのまま水風呂に注がれているとすれば、ろ過や加温の有無によって温度は大きく変わる。男性浴室は利用者が多く回転が早いため水が入れ替わりやすく、外気温の影響を受けて温度が上がる。女性浴室は利用者の回転が穏やかで、原水の冷たさが保たれやすい。あくまで推察だが、施設側が意図したというより、自然の条件が生み出した結果ではないかと思う。
女性側の12℃は、東北の公衆浴場文化においてきわめて稀有な数字だ。スパ銭でもなく、サウナ専門店でもない、地元の銭湯でこの水温に出会えることへの驚きは、訪れるまで想像できなかった。
東北の温浴施設を巡っていると、水風呂が15℃を下回る場所はそれだけで記憶に残る。12℃という数値は、温度計が壊れているのではないかと疑いたくなるほど冷たい。ととのい愛好家であれば、この水温の意味をよく知っているだろう。毛細血管がぎゅっと締まり、皮膚の表面が一瞬で冷却される感覚は、ぬるい水風呂では決して得られない。
源泉とその性質 ― りんご産地の地下から湧く鉱泉
平川市周辺は、奥羽山脈の西麓に位置する。地質学的には火山性の影響を受けた地層が広がり、温泉の湧出が比較的容易な土地柄だ。大鰐温泉はその代表格であり、古くから湯治場として知られてきた。つがる温泉もこの地帯の恵みを受けた施設であり、「鉱泉」という性質を持つ。
鉱泉とは、一般的に25℃未満の冷鉱泉であり、加温して浴槽に供給されるものを指す。源泉の温度が低いということは、地表に近い浅層から汲み上げているか、あるいは湧出量と熱量のバランスの問題である。しかし冷たいからといって効能が薄いわけではない。ミネラル分や溶存成分は温度とは独立しており、地域によっては炭酸や硫黄、鉄分を多く含む冷鉱泉が名湯として知られている例も多い。
つがる温泉の水風呂が12℃を記録するということは、源泉温度がそれに近い、あるいは水道水を使わずに冷却設備なしで自然の地下水を引いている可能性がある。いずれにせよ、施設の規模と料金から考えると、大規模な冷却装置を動かしているとは考えにくい。自然の産物として12℃が出ているならば、それはある種の奇跡だ。
大鰐温泉と平川市 ― 隣り合う二つの湯どころ
平川市の隣には大鰐町がある。大鰐温泉は室町時代から続くとも言われる古湯であり、弘前城からの距離も近く、津軽藩主も湯治に訪れたという記録が残っている。「大鰐」という地名の由来については諸説あるが、かつてこの地の温泉地帯に鰐の形をした岩があったからとも、アイヌ語に由来するとも言われる。
大鰐温泉が歴史ある温泉地として広く知られているのに対し、つがる温泉は市街地の日常的な入浴施設として機能している。観光客が目指す場所というよりは、地元の人々が毎日使う銭湯だ。その静かな存在感こそが、つがる温泉の本質を表している。大鰐の賑わいとは対照的に、ここには観光地化されていない生活の温もりがある。
二つの施設は直線距離で数十キロも離れていないが、その性格はまったく異なる。大鰐は旅人を迎える歓楽温泉として発展し、つがる温泉は地域住民の生活インフラとして根付いた。どちらが優れているという話ではない。東北の温浴文化が持つ多様性の一断面として、両者を並べて見ることに意味がある。
弘南鉄道と平川市の風景 ― りんご畑の中を走るローカル線
弘南鉄道は、弘南線と大鰐線の二路線からなる私鉄だ。このうち大鰐線は弘前駅前から大鰐駅までを結び、途中の車窓には津軽のりんご畑が広がる。秋になると車窓越しに赤や黄色のりんごが連なり、畑の向こうに岩木山のシルエットが見える光景は、青森県民でなくとも胸に残る。
平川市はりんごの産地として青森県内でもトップクラスの生産量を誇る。「平川市りんご」はブランドとして確立しており、「もりのかがやき」「ひろさきふじ」「ジョナゴールド」「王林」など多品種が栽培されている。10月から11月にかけての収穫シーズンには、市内の直売所や農園が活気づく。
つがる温泉を訪れるなら、弘南鉄道で平川方面へ向かい、りんご畑の中の景色を堪能してから施設に入るというルートが面白い。平川市の農産物直売所で季節のりんごを買って帰るのも一興だ。450円という料金は、移動のコストをかけてでも余るほどのコストパフォーマンスを誇る。
朴訥な銭湯文化と450円という価格設定
現代のサウナブームのなかで、専門店や複合型温浴施設が次々と誕生している。入館料が2,000円を超えることも珍しくない時代に、450円という価格でサウナ付きの温泉に入れる場所は、東北でも少なくなってきている。
しかし安いからといって何かが省かれているわけではない。むしろ銭湯の価格設定というのは、利潤を最大化するよりも地域住民が使い続けられることを優先した結果だ。高齢者が毎日入りに来られる、子ども連れの家族が気軽に使える、そういう施設であり続けることへの意志が、この価格の背後にある。
D'STYLEは岩手・青森・秋田を中心にサウナヒーターの販売と施工を手がけているが、こうした地域の銭湯や温泉施設を実際に訪れることを大切にしている。どんな温度設定でどんな層が使っているか、どういう理由でその施設が地域に根付いているか。それを体で知ることが、施設設計の仕事に直接つながるからだ。
D'STYLEスタッフが実訪して感じたこと
平川市を訪れたのは、ちょうど弘南鉄道の沿線を回るルートの一環だった。大鰐温泉を過ぎ、市街地へ向かう道沿いに施設を見つけた。外観は決して派手ではない。看板も目立たず、駐車場もシンプルだ。しかし脱衣場に入ると常連客の声がして、地元に馴染んだ施設の雰囲気が伝わってくる。
サウナは男性88℃という数字が示す通り、十分な熱さがある。ドライなセルフロウリュではないが、熱気は体の芯まで届く。5分も入れば汗が吹き出す。そして水風呂へ移ると、男性でも20.3℃という冷たさは十分に刺激的だ。女性浴室の12℃は体験できないが、その数字は施設全体の性格を象徴している。日常の延長線上にある場所でありながら、温度において真剣な施設だということだ。
外気浴のスペースは銭湯規模なりのものだが、りんご産地の空気には独特の清涼感がある。特に秋口は気温が下がり、外に出ただけで体がみるみる整っていく。ととのいの条件として温度差は重要な要素だが、平川の秋の外気はそれ自体がひとつの要素として機能する。
帰り際、受付の方に水風呂の温度について聞いてみた。「そんなに冷たいですか」と少し驚かれた様子で、特別な冷却はしていないとのことだった。やはり自然の地下水が源流にある、この土地ならではの冷たさだったようだ。