「バーデハウス(Badehaus)」とはドイツ語で「浴場」を意味する。ドイツでは健康増進と療養を目的とした浴場施設がかつて広く普及し、バート(Bad)という地名を持つ温泉保養地が各地に存在した。その文化的な響きを持つ言葉が、青森県の南部町という人口一万人にも満たない農村地帯に存在している。初めてこの名前を地図上で見つけた時、私は思わず二度見した。ドイツ語の施設名と、南部藩の故地という歴史的背景の組み合わせが、あまりに意外だったからだ。
南部藩の故地——三戸と南部町
南部町が属する三戸郡は、「南部」という名前の由来となった土地だ。南部氏はもともとこの三戸を拠点とした武家であり、後に盛岡に移って南部藩として発展した。私の地元・盛岡もまた南部藩の城下町であるから、南部町は言わば盛岡の「ルーツの地」にあたる。南部氏が最初に根を張ったこの三戸の地に、現在も南部町という名が残っていることには、深い歴史的な意味がある。
青森県の最南部に位置する三戸郡は、岩手県との県境に近い山間の農業地帯だ。馬の産地としても知られ、南部馬という在来馬の文化がこの地域に根づいていた。盛岡市内でも今は数少なくなった伝統的な南部の気風が、この三戸郡にはまだ残っているように感じる。訪問した際の道中、車窓から見える丘陵地帯の農村風景は、青森の中でも特に静かで、どこか岩手の山里に似た雰囲気があった。
ドイツ名と日本農村の意外な調和
「バーデハウスふくち」という名前の「ふくち」は、地元の地名に由来するのだろう。地元の人々がその土地の名前を施設名に付け、さらにドイツ語で「浴場」を意味するバーデハウスを冠している。ヨーロッパの健康浴場文化と、南部の農村文化が、施設名の中で不思議に同居している。
実際に施設に足を踏み入れてみると、その「意外な組み合わせ」が絶妙に調和していることに気づく。設備は地域の健康増進施設として整っており、大浴場にはバイブラバスや気泡浴、サウナが備わっている。清潔で使いやすく、過剰な演出がない。「バーデハウス」というドイツ語が意味する「健康のための浴場」という概念を、日本の農村が地道に実践している場所、と言えば大げさだろうか。しかし、健康を促進するための入浴という発想は、文化を超えて普遍的だと私は思っている。
85℃の静かな熱波
サウナ室に入ると、85℃の穏やかな熱気が広がっていた。この温度設定は、広い年齢層の利用者を想定した健康増進施設らしい配慮だと感じた。極端な高温ではなく、じっくりと体を温めながら長時間滞在できる温度帯。地域の農家の人々や高齢者が気軽に使えることを、この施設は大切にしているのだと思う。
HARVIAのサウナヒーターの仕事をしていると、サウナの温度設定と利用者の属性の関係について深く考えるようになった。若いサウナファンは高温・低湿度の「激しい」サウナを好む傾向があるが、地域の日常施設では、幅広い利用者が無理なく使える温度帯を選ぶことが重要だ。バーデハウスふくちのサウナは、その意味で非常に誠実な設定だと思った。
水風呂は20℃。三戸郡の山間地から来る水は、夏でも比較的清冽だ。20℃という温度は、体に優しい水温で、長く入っていられる。高齢者や体力に不安がある人でも無理なく使えるように、という配慮が感じられる。サウナと水風呂を三セット繰り返した後、私は休憩スペースに座ってぼんやりと天井を眺めた。農村の温泉施設の、静かな午後の時間。急かされることなく、自分のペースで体と向き合える贅沢さがある。
南部の農村が持つ静かな誇り
南部町周辺を歩くと、この地域が農業と林業で長い歴史を積み重ねてきたことが分かる。三戸郡は青森県の中でも南端に位置し、岩手県との文化的な連続性を感じる地域だ。盛岡で生まれ育った私にとって、三戸郡は「南部の源流」として特別な感慨がある場所でもある。南部氏がここから発し、やがて盛岡に移って東北の一大勢力となった。その歴史的な流れを思いながら、バーデハウスふくちの湯に浸かることには、妙な感慨があった。
農村の温泉施設というのは、その土地の人々の生活リズムに深く根ざしている。農繁期の疲れを癒やす場所として、寒い冬に体を温める場所として、地域のコミュニケーションの場として、多様な機能を担っている。バーデハウスふくちにも、そういう地域の生活拠点としての空気感があった。受付で話しかけてきたお年寄りの言葉は南部なまりで、私には完全には聞き取れない部分もあったが、温かみだけは確かに伝わってきた。
三戸・南部を旅するなら
三戸郡を訪れる旅行者は多くないが、この地域には独自の魅力がある。三戸城址、南部町の農村風景、そして岩手県との県境を越えた先にある二戸や久慈との文化的なつながり。私はよく、青森と岩手の境界地域を訪れた時に、この二つの県が歴史的にいかに深く結びついていたかを実感する。南部藩という共通の歴史的土台が、この地域全体を結んでいるのだ。
バーデハウスふくちの入浴料700円は、地域の健康増進施設としては標準的だ。大型スパより少し割高に感じる人もいるかもしれないが、施設の維持管理や地域への貢献を考えれば、これは適正な価格だと思う。日帰りでの訪問だが、八戸方面からのアクセスも可能で、南部の歴史と農村風景を楽しみながら立ち寄ることができる。農村青森と欧風浴場の不思議な共存を体験しに、ぜひ足を延ばしてみてほしい。
FACILITY DATA
| 施設名 | バーデハウスふくち |
|---|---|
| 所在地 | 青森県三戸郡南部町 |
| 入浴料 | 大人700円〜 |
| サウナ温度 | 約85℃ |
| 水風呂温度 | 約20℃ |
| 定休日 | 施設にご確認ください |
| 営業時間 | 施設にご確認ください |
「バーデハウス」という言葉がドイツから来て、「ふくち」という言葉がこの南部の土地から来ている。その二つが合わさった施設名は、グローバルな温浴文化と、地域の土着的な温泉文化が出会った場所として、象徴的な意味を持つように私には感じられた。南部藩の故地で、欧風の浴場概念と日本の温泉文化が静かに融合している。それが、バーデハウスふくちという場所の、密かな面白さだ。