十和田市の中心街を歩いていると、ふとした路地の角に現代アートの彫刻が現れる。それも一つや二つではない。十和田市は2008年の十和田市現代美術館の開館を起点に、Arts Towada(アーツ・タウン十和田)というプロジェクトを展開し、街の中心を走る官庁街通りとその周辺に、国内外のアーティストによる恒久的な野外インスタレーションを設置してきた。「みちのく温泉」はそんな街の中に存在する温泉だ。
「みちのく」という古称が宿す意味
「みちのく」は「陸奥(むつ)」とも書き、古代から東北地方全体を指した地名だ。「道の奥」——都から遠い、道の果ての地。平安時代の都人にとって、東北はまさに「はるかな奥地」であり、そこには大和の文化とは異なる、別の文明と自然が広がっていた。松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅で目指したのも、この「みちのく」だ。
十和田市の温泉がその名を冠することには、深い誇りがあると思う。東北の古称を施設名に使うということは、東北の地に生きることへの自負だ。都から遠い辺境ではなく、独自の文化と自然を持つ豊かな地域として、この名前を掲げている。みちのくの大地に根ざした温泉として、この施設は存在している。
十和田市現代美術館と、街が変わった日
十和田市現代美術館が開館した2008年は、この街にとって大きな転換点だった。人口約6万人の地方都市に、国際的な現代アートの拠点が誕生した。美術館の建物自体もガラスと白い壁で構成された印象的な建築で、館内と館外の境界を曖昧にするような設計になっている。展示されている作品は、草間彌生の巨大なオブジェ、ロン・ミュエクの等身大を超えた人体彫刻、パウラ・ニーホウスのインスタレーションなど、世界の一流アーティストの恒久コレクションだ。
官庁街通りには、美術館だけでなく、路上や広場に野外アート作品が点在している。普通の街の風景の中に突然現れる巨大なアート——この「日常の中のアート」という体験が、十和田市の最大の魅力だと私は感じている。アートを見るためだけに隔絶された空間に行くのではなく、街の日常の中でアートに出会う。その体験は、鑑賞者に鋭い感覚の覚醒を促す。
アートとサウナの共鳴
現代アートとサウナには、私が思うに共通の要素がある。それは「今この瞬間の感覚に集中すること」だ。優れたアートの前に立つと、思考が止まり、純粋な感覚的体験に入り込む瞬間がある。サウナの熱気の中でも、思考が白紙になり、体の感覚だけが際立つ瞬間がある。どちらも、日常の雑音を切り離し、現在という瞬間に存在を集中させる力を持っている。
十和田市現代美術館を見学した後にみちのく温泉に向かうと、その感覚の連続性が際立つ。アートで研ぎ澄まされた感覚を持ったまま、サウナの熱気に入る。視覚から体感覚へ、頭から体へ。感覚の種類は変わっても、「今ここにある自分」に向き合うという体験の本質は同じだ。私は十和田でこのコースを何度か試みているが、そのたびに「整い方」の質が通常より深い気がする。
90℃の熱気と、十和田湖の冷気
みちのく温泉のサウナは90℃。扉を開けた瞬間に、乾いた熱気が顔を包む。私は最初の数十秒、必ず静止する。体が空間の温度に慣れるまで、焦らず待つ。アートを前にした時の一瞬の静止と、サウナに入った時の一瞬の静止は、どこか似ている。何かと向き合う前の、準備の静けさだ。
十和田市は奥入瀬川の源流域に位置し、近郊の十和田湖は国内でも屈指の透明度を誇る火山湖だ。湖の深さは最大327メートルにも及び、その深い青さは見る者に生命の神秘を感じさせる。そういう清冽な水環境にある街の水風呂は16℃。これは東北の公衆浴場としても相当に冷たい部類で、十和田の水の質の高さを体で感じさせてくれる。水風呂に入った瞬間の、体の表面を走る清涼感。奥入瀬の水が体を包む感覚だ、と私は勝手に思い込みながら水に体を沈めた。
十和田湖という、奥の美
十和田湖は十和田市から車で約1時間の距離にある。カルデラ湖特有の深い青色と、周囲を囲む原生林の緑が織りなす風景は、東北自然の中でも特別な美しさを持っている。秋には湖面を縁取る紅葉が鮮やかで、晩秋に訪れると紅葉が水面に映り込む光景に言葉を失う。
奥入瀬渓流もまた、日本でも希有な自然美を持つ場所だ。十和田湖から流れ出す奥入瀬川は、渓流沿いの歩道を歩きながら様々な滝や激流を楽しめる、日本を代表する渓谷散策路として知られている。十和田市を訪れた時には、現代美術館で感覚を開き、奥入瀬渓流か十和田湖で自然に包まれ、みちのく温泉で体を整える——このサイクルが私の定番の過ごし方となっている。
アートタウンに根ざした温泉として
みちのく温泉は、十和田市のアートによる街づくりとは直接的な関係はないかもしれない。しかし街全体が「感覚的な体験」を重視する方向へと変化していく中で、この温泉が市民の体の感覚を整える場所として機能していることには、意義があると思う。アートが視覚と思考に働きかけるとすれば、サウナは体と感覚に働きかける。どちらも「生きることの豊かさ」を深める行為だ。
入浴料600円で、十和田の感覚的な豊かさに参加できる。美術館の観覧料を払って、世界レベルのアートと向き合い、その後みちのく温泉でサウナに入る。アートと温泉のセットで、十和田という街が持つ「感覚の文化」を存分に体験してほしい。私は十和田に来るたびに、この街が日本の中でも特別な場所であり続けていることを感じる。みちのくの奥の地が、今や世界と繋がるアートシーンの最前線に立っている。
FACILITY DATA
| 施設名 | みちのく温泉 |
|---|---|
| 所在地 | 青森県十和田市 |
| 入浴料 | 大人600円〜 |
| サウナ温度 | 約90℃ |
| 水風呂温度 | 約16℃ |
| 定休日 | 施設にご確認ください |
| 営業時間 | 施設にご確認ください |
「みちのく」という名前が指し示す「道の奥」は、もはや都から遠い辺境ではない。現代アートが街を飾り、十和田湖の深い青が旅人を呼び、みちのく温泉の湯が人々の体を整える——道の奥にあるものは、都にはない独自の豊かさだ。十和田市のみちのく温泉を後にする時、私はいつも「また来よう」という素直な気持ちを持って車に乗り込む。それがすべてを語っていると思う。