黒石市は、青森県の中南部に位置する小さな城下町だ。弘前から車で30分ほど南へ走ると、岩木川の支流に沿って広がる盆地に出る。初めてこの街に来たのはずいぶん前のことだが、その時に歩いたこみせ通りの印象は今も鮮明に残っている。江戸時代の建築様式をそのままに残す木造のアーケード街。どこか時間が止まったような静けさの中に、確かな生活の気配がある。富士見温泉はそんな黒石の街で、地域の人々に親しまれてきた温泉だ。
こみせ通り——日本で最も美しい雁木建築
「こみせ」とは、家屋の軒先を道路に突き出して作った木造のアーケードのことで、東北地方の豪雪地帯に発達した建築様式だ。黒石のこみせ通りは国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、全長約190メートルにわたって江戸時代の雁木建築が連なっている。冬に訪れると、その重要性がよく分かる。深い雪が降り積もっても、こみせの下を歩けば雪をよけながら商店街を行き来できる。雪国の人々が何百年もかけて磨き上げた生活の知恵が、この建築に詰まっている。
私はこみせ通りを歩くたびに、建物の間から差し込む光の角度や、木の床板の踏み心地に意識が向く。サウナの熱と木材の関係を長年研究してきた職業病かもしれないが、古い木造建築が持つ空気の質感には、現代の建材では出せない何かがある。年月と湿気と、無数の人の手が木に染み込んで作り出す独特の表情。こみせ通りの建物もサウナ室の板壁も、木が時間をかけて人と関わることで生まれる温かさという点では、どこかつながっているように感じる。
富士見、という名の意味
「富士見」という温泉名は、富士山が見えるわけではない。青森では岩木山を「津軽富士」と呼ぶことがあり、その裾野の美しさが富士山を連想させることに由来する地名や施設名がいくつかある。富士見温泉という名も、おそらく岩木山の眺めに由来しているのだろうと私は想像している。実際、黒石から西を望むと、天気の良い日には岩木山の端正なシルエットが見える。津軽平野に生きる人々にとって、岩木山は常に視界の中心にある山だ。
富士見温泉のサウナ室に入ると、90℃の穏やかな熱気が体を包んだ。黒石の市街地にある施設らしく、サウナ室は広すぎず狭すぎず、地元の常連客が自然体で使いやすい大きさだ。私が訪れた平日の昼過ぎには、数名の地元の男性が黙々と汗を流していた。声高に話すわけでもなく、かといって完全に閉じているわけでもない。東北の人間の、あの独特の距離感。それがサウナ室では不思議と心地よく感じる。
90℃の空気と、黒石の水
HARVIAのサウナヒーターを長年扱ってきた私には、サウナ室の温度設定が施設の思想を表していると分かる。90℃というのは、初心者にも慣れた人にも対応できる、バランスの良い温度帯だ。高温すぎず低温すぎず、じっくりと体を温めながらも長く滞在できる。黒石のような日常使いの温泉銭湯には、この設定が最も似合っていると思う。
水風呂は17℃。黒石市は背後に奥羽山脈を控え、山からの清冽な水が豊富に流れ込む土地だ。水の冷たさと質の良さは、この地域の温泉の大きな魅力のひとつだと思う。私は水風呂に入った瞬間、体の表面に纏わりついていた熱気がすっと抜けていくのを感じた。17℃は絶妙で、「冷たすぎる」というストレスなく、しっかりと体を冷やしてくれる温度だ。水から上がって外気浴の椅子に腰を下ろした時の、あの静かな浮遊感。黒石の午後の静けさと相まって、時間の流れが緩やかになる感覚がした。
黒石やきそばと、B級グルメの誇り
黒石を語るなら、やはり「黒石やきそば」に触れないわけにはいかない。太い平打ち麺を使い、ウスターソースベースの独特のたれで仕上げる黒石やきそばは、B-1グランプリでも上位入賞を果たした地元グルメだ。こみせ通り周辺の食堂で供されるそのやきそばは、一度食べると忘れられない独特のコシと風味がある。
温泉上がりに黒石やきそばを食べる。これが私の黒石訪問の定番コースになっている。サウナで体の内側から火照りを整え、水風呂と外気浴でしっかりとととのえた後に食べる温かい料理は、何でも格別においしく感じる。そしてB級グルメというのは、その土地の日常の食文化を最も正直に反映しているものだ。高級料理では見えてこない、その街で生きる人々の食の好みと創意工夫が、黒石やきそばには詰まっている。こみせ通りで歴史を守りながら、やきそばで現代に対応する。黒石はそういうバランス感覚を持った街だと思う。
城下町の温泉が持つ文化的文脈
黒石は江戸時代、弘前藩の支藩である黒石藩の城下町として栄えた。人口は多くないが、城下町としての格式と文化的な蓄積がある。こみせ通りに残る商家の建築は、その城下町文化が物質的な形で残されたものだ。そしてそのような歴史的環境の中で営業を続ける富士見温泉もまた、黒石の文化的風景の一部をなしている。
私がサウナ施設を訪れる時に注目するのは、その施設が地域の歴史や文化とどう結びついているかという点だ。スペックだけを見れば新しい大型スパには勝てないかもしれない。しかし富士見温泉のような地域密着型の施設には、その土地に根ざした独自の存在感がある。常連客が積み重ねてきた時間、地域の四季と連動した営業の積み重ね、そういうものが施設の空気に宿っている。
黒石への誘い
黒石には見どころが多い。こみせ通りの散策、黒石やきそば、そして近郊には温川温泉や虹の湖などの景観スポットもある。秋になると奥羽山脈の紅葉が素晴らしく、十和田湖方面へのドライブの途中に立ち寄るのにも最適だ。富士見温泉の入浴料550円は、そういう観光と組み合わせるにも気軽な価格設定だ。
こみせ通りを歩いて、黒石の歴史と向き合い、やきそばで腹を満たし、富士見温泉のサウナで整える。そういう黒石の一日は、青森旅行の中でも特に記憶に残る体験になるはずだ。岩木山が遠くに霞んで見える夕方の黒石で、温泉の湯気に包まれながら、私はこの小さな城下町の静かな誇りをしみじみと感じた。
FACILITY DATA
| 施設名 | 富士見温泉 |
|---|---|
| 所在地 | 青森県黒石市 |
| 入浴料 | 大人550円〜 |
| サウナ温度 | 約90℃ |
| 水風呂温度 | 約17℃ |
| 定休日 | 施設にご確認ください |
| 営業時間 | 施設にご確認ください |
黒石は、青森の中でも特に「日本の原風景」に近い街だと感じる。こみせ通りの木造アーケードに、津軽の農村の四季が溶け込んでいる。富士見温泉はその街に自然に溶け込んだ施設として、訪れるたびに変わらぬ温もりで迎えてくれる。また来よう、とサウナを出ながら自然に思う。そう思わせてくれる場所が、良い温泉だと私は思っている。