2026年1月、ヘルシンキに着いた翌朝、私はLöylyへ向かった。ヘルシンキ湾に面した木造のサウナ施設で、デザイン好きなら写真で見たことがある場所だ。目的はスモークサウナ(savusauna)だった。Löylyには、現代の電気サウナ棟とは別棟に、伝統的なスモークサウナがある。予約制で、人数が限られる。
私は岩手でHARVIAのサウナヒーターを扱っている。サウナ歴は33年を超えた。仕事として設計し、温度と石とロウリュを考え続けてきた。それでも、スモークサウナの中に座ると、自分がサウナについて何も知らなかったのかもしれないと感じた。
煤の匂いと、柔らかい熱
スモークサウナの扉を開けると、炭と木材の焦げた香りが静かに漂ってきた。煙突がないため、何時間もかけて焚かれた薪の煙が壁と石に染み込んでいる。換気が終わったあとも、その残香は消えない。むしろそれがスモークサウナの「皮膚」のようなものだと思った。
温度は高くなかった。体感で65〜70℃といったところだ。しかし汗の出方が違う。電気ヒーターでは得られない、深いところから滲むような発汗だった。大量の石が長時間蓄えた輻射熱が、皮膚だけでなく体の奥に届いている。温度計が示す数字だけがサウナの質を決めるわけではないと、理屈ではなく体で分かった。
「温度が高ければいいサウナだとは思っていない。でもこれは理屈でわかるものじゃない。」
同席していた地元のフィンランド人男性がそう言った。彼はキウアスの前に静かに座って、ときどきラドル(柄杓)で水をかけた。水をかけるタイミングも量も、その日の石の温度や空気の湿度で変わると言う。
扉を少し開ける、という技術
しばらくして、彼がキウアスの炉の小さな扉をわずかに開けた。薪の燃え残りが赤く光っている。彼はそのまま何秒か待って、また閉めた。
何をしているのかと聞くと、「熱の硬さを調整している」と答えた。炉口を少し開けると、わずかに外気が入り、石への輻射のバランスが変わる。温度を上げるためではなく、熱の「質」を変えるための操作だという。
私はその動作を見ながら、岩手でサウナを設計するときに何かが変わった気がした。ヒーターのスペック、キロワット数、石の量。そういった数値の話ばかりしていたが、使いながら調整する感覚の話をほとんどしていなかった。
「フィンランドのサウナに正解はない」
ロウリュのあと、外のテラスに出た。1月のヘルシンキ湾は凍りかけていて、風が冷たかった。彼とビールを飲みながら話した。
「日本のサウナブームは知っている。でも、日本人はサウナのやり方をとても正確に覚えようとするらしいね。8分入って、1分水風呂に入って、10分外気浴。そういうルールがあると聞いた。」
私は苦笑いしながら頷いた。
「フィンランドには正解のサウナはないよ。各家庭でやり方が違う。石の積み方も、ロウリュの水も、入る時間も。同じLöylyに来ても、みんな違う入り方をしている。大事なのは、自分が気持ちよくなることだ。」
サウナ歴33年の私が、ヘルシンキの地元の人から改めて教わった言葉だった。岩手に帰ってから、このことを何度も思い出した。
なぜこの話が岩手のサウナに関係するのか
D'STYLEで手がけているKUUTA saunaは、オーダーメイドのサウナだ。既製品を並べるのではなく、その家の間取りと家族の使い方と、岩手の冬の気候に合わせて設計する。薪か電気か、広さ、木材、換気の取り方。同じ答えはないし、同じ家族もいない。
「正解のないサウナ」というLöylyでの気づきは、このやり方と完全に重なっている。誰かが決めた「正しいサウナ」を届けるのではなく、その人にとって気持ちよいサウナを一緒に考える。それがD'STYLEの仕事だと思っている。
Löylyに二度行った。二度目は一人で、スモークサウナの時間をもう一度体験するために予約した。同じ施設でも、石の温度も空気の質も前回と少し違った。同じサウナは二度ないのかもしれない。
Löylyのスモークサウナについて
FACILITY DATA
| 施設名 | Löyly(ロウリュ) |
|---|---|
| 所在地 | Hernesaarenranta 4, Helsinki, Finland |
| スモークサウナ | 別棟・予約制(公共サウナ棟とは別) |
| 外気浴 | ヘルシンキ湾テラス(湾への飛び込みも可) |
| 特記 | 建築家Avanto Architectsによる木造外装。2016年開業 |
Löylyのスモークサウナは、観光施設としてのパッケージではなく、地元の人が日常的に使う場所でもある。平日の昼間に行くと、サウナあがりに仕事に戻るらしいスーツ姿の人が何人かいた。サウナが生活の中に自然に溶け込んでいる。日本でいえば銭湯のような感覚に近いが、もっと静かで、もっと個人的だ。
この体験の前後に、私はAllas Sea Poolでも時間を過ごした。そちらでも、HARVIAのヒーターとフィンランドのサウナ設計について多くのことを観察した。また別の記事で書こうと思っている。
この記事は2026年1月の個人的な体験に基づいています。施設の設備・営業情報は変更になる場合があります。最新情報はLöyly公式サイトでご確認ください。