フィンランドの冬、湖の上には50〜80cmの厚さの氷が張ります。その氷にチェーンソーやアイスドリルで切り開いた穴が「avanto(アヴァント)」です。サウナで体を温めたあと、この穴に入り、再びサウナへ。この繰り返しがフィンランドの冬のサウナの定型です。日本語では「水風呂」に当たりますが、温度は全く違います。真冬のフィンランドの湖水は0〜4℃。その水の中に入るのです。
なぜ氷水に入るのか
冷水への入浴は、フィンランドに限らず北欧全域に古くから存在する習慣です。ノルウェーの「isbading(氷浴)」、スウェーデンの「vinterbadning」、ロシアの「kupanie(крещенское купание, 顕現祭の沐浴)」など、寒冷地の人々は独立してこの慣習を育ててきました。なぜ寒冷地ほど冷水浴が盛んなのか、逆説的に見えますが、理由は逆です。十分に温まれる手段(サウナや浴室)があるからこそ、急冷が「快適な刺激」になれるのです。
体温40℃近くまで上がった状態で0〜4℃の水に入ると、皮膚への衝撃は大きい。しかし皮膚の血管が一瞬で収縮し、心臓へ向かう血流が集中することで、一種の「リセット」感が生まれます。フィンランド人はこれを「kehon uudistuminen(身体の更新)」と呼びます。日本の「整う」に近い感覚です。
avantoの維持管理:氷の管理は仕事である
avantoは一度作れば終わりではありません。フィンランドの冬は長く、気温がマイナス20℃を下回ることもあります。穴はすぐに凍り始めるため、少なくとも週に数回、しばしば毎日、氷を取り除く作業が必要です。avantoに隣接して設けられた桟橋(laituri)の清掃も欠かせません。凍った桟橋は転倒事故の原因になります。
公衆サウナや湖畔コテージのavantoは、管理者がこの作業を日課とします。個人宅のavantoは家族の誰かが受け持つ。フィンランドでは冬のavantoの維持は「家事」の一つとして数えられます。年間を通じてavantoを維持している人は「avantopartilainen(アヴァントパルティ会員)」と呼ばれ、フィンランドには2万人以上いると言われます。
冷水浴の生理学的効果
急激な冷水への浸水は、身体に複数の反応を起こします。まず皮膚の冷受容体(cold thermoreceptor)が活性化され、神経系を通じて副腎からアドレナリンが放出されます。心拍数は一時的に上昇し、血圧も上がります。これは「コールドショック反応」と呼ばれ、心臓に負担をかけます。
健康な人でも初回の冷水浴では喘息に似た過換気を起こすことがあり、心疾患のある方では不整脈リスクが上がります。フィンランドのサウナ関連死亡の多くは、高齢者がサウナ後にavantoに入った際の突然死であることが知られています。医師の監督なしに初めて行う場合は、まず短時間(10〜20秒)の足だけの入水から始めることが推奨されます。
一方で、冷水浴に習慣的に参加する人では様々な適応が観察されます。Huttunen P et al.(2004)の研究では、週1回以上の冷水浴を行う人はエンドルフィン濃度が高く、気分の安定性が高いことが示されています。慢性的な関節痛への緩和効果も報告されており、フィンランドのリウマチ患者の多くがサウナ+avantoを習慣的に利用しています。
日本の水風呂とavantoの違いと共通点
日本のサウナで人気の「水風呂」は、多くが15〜20℃に管理されています。フィンランドのavantoは0〜4℃。この差は大きいのですが、目的とする生理効果(体の急冷と血管収縮)は同じです。日本でも最近は10℃前後の「シングル水風呂」が注目されていますが、これはavantoの温度に近づく試みとも言えます。
岩手では冬の北上川や雫石川の水温は3〜5℃になります。これはavantoと同等です。農家の冬の朝、手を洗う水はこの温度です。岩手で育った人にとって、0〜5℃の水は「未知の経験」ではなく、冬の日常の感触です。フィンランドと岩手の身体感覚の親和性を感じる点の一つです。
avanto文化の現代的展開
近年、フィンランドではavantoをめぐるコミュニティ活動が活発です。ヘルシンキ市内のトゥオリラヒティ湾(Töölönlahti)や、タンペレのピュハヤルヴィ湖(Pyhäjärvi)などでは、市が管理するavantoが設けられ、冬の早朝に何十人もの市民が集まります。SNSでは「talviuinti(冬季水泳)」のタグに数十万件の投稿があります。
D'STYLEが扱うHARVIAのサウナヒーターを使った屋外バレルサウナと組み合わせて、日本でも「サウナ+水風呂+外気浴」の流れを冬場に屋外で楽しむことは可能です。岩手の冬の気温と水温はフィンランドに近く、avantoに近い環境を作れる可能性があります。その場合の安全管理と設備についてはショールームでご相談ください。
参照・参考文献
- Huttunen P, Kokko L, Ylijukuri V (2004). "Winter swimming improves general well-being." Int J Circumpolar Health, 63(2)
- Leppaluoto J et al. (2008). "Effects of long-term whole-body cold exposures on plasma concentrations." Scand J Clin Lab Invest
- Finnish Safety and Chemicals Agency (Tukes): Talviuinnin ja avantojen turvallisuusohjeet (2022)
- Vapaavuori E (2019). Avanto: talviuinnin käsikirja [Avanto: the winter swimming manual]. Otava
冷水浴は心臓疾患・高血圧・呼吸器疾患のある方には危険な場合があります。必ず医師に相談のうえ行ってください。