盛岡の冬、走り終えた体からは湯気が立ちます。玄関先で息を整えて、そのまま家に入って服を脱ぐ。走ったあとの、その十数分。ここに熱を足したらどうなるかを、2007年にニュージーランドの研究者が6名のランナーで確かめました。走れた時間が32%延びた、と報告されています。ただし、6名です。その小ささごと、正直に読んでいきます。
走り終えた体から、湯気が立つ
冬の盛岡。朝の六時台。
外はまだ暗く、路肩の雪はかたく締まっています。滑らないところを選びながらゆっくり走って、帰ってくる。玄関先で手袋を外すと、肩のあたりから湯気が立ちます。息が白い。ここまでが、走る習慣のある方の、いつもの一日の始まりです。
このあとは、たいていシャワーを浴びて、着替えて、仕事に出ます。走り終えてからの十数分は、多くの場合、何も起きない時間です。体温が下がっていくのを、ただ待っている時間。
その十数分に熱を足したら何が起きるか。それを正面から調べた研究があります。Scoon GSM ほか、2007年、Journal of Science and Medicine in Sport 誌。ニュージーランドで行われた小さな試験です。
「サウナで持久力が上がる」という話をたどっていくと、たいていこの研究に行き着きます。二十年近く前の報告ですが、今も引かれ続けています。
ただ、引かれ方が少し独り歩きしている、というのが私たちの実感です。32%という数字だけが先を走って、条件が置いていかれる。だからこの記事は、条件のほうから書きます。
まず、人数から。
まず、6名という数字を置きます
対象は、男性の競技ランナー6名。それだけです。
六人。学校のクラス一つにも、はるかに足りません。研究の世界では、これはかなり小さい規模にあたります。この一行を最初に書かないまま「研究によると32%」とだけ伝えるのは、私たちには気が引けます。
方法にも特徴があります。クロスオーバー試験という形が採られました。難しく聞こえますが、中身は単純です。同じ6名が、期間をずらして、サウナのある期間とサウナのない期間の両方を経験する。人が入れ替わらないぶん、少ない人数でも比べやすくなる、という工夫です。
それでも、6名は6名。
一人の調子がたまたま良ければ、全体の平均は上へ動きます。逆に一人が風邪をひけば、それも平均に出ます。あとで出てくる数字の「幅」が広めになるのは、そのためです。
では、なぜこの小さな研究が、今も読まれ続けているのか。
理由は結果の中身にあります。速く走れたかどうかで終わらず、体の中で何が増えたのかまで測っていた。走った結果と、血液の変化を、同じ研究のなかに並べて置いた。そこが当時としては珍しかったのだと思います。
順に見ていきます。
約90℃へ、走った直後に、31分
条件はこうでした。
期間は3週間。運動を終えた直後にサウナへ入ります。室温は約89.9℃、ばらつきは前後2.0℃。1回あたりの滞在は平均31分、こちらは前後5分。3週間の合計回数は平均12.7回、前後2.1回でした。
「前後◯」という数字は、人による散らばりの幅だと思ってください。全員が31分ぴったりだったのではなく、26分の人も36分の人もいた、ということです。
12.7回を3週間で割ると、週に4回強。走ったあと、ほぼ一日おきに約90℃の部屋へ入る計算になります。日常の負担としては、かなりのものです。
そしてここで気づいていただきたいのは、温度そのものより「運動直後」という一語のほうです。
この研究の設計では、走ることと温まることが切り離されていません。走って上がった体温、走って動いた血の流れ、走って出た汗。その続きに、熱を足す。この連続性が研究の骨格です。
日本でよく言われる「サウナに入ると持久力が上がる」は、この骨格が抜け落ちたまま伝わっていることが少なくありません。走らずにサウナだけ入った場合にどうなるかを、この研究は調べていません。
約90℃という数字も、覚えておいてください。記事の終わりで、薪ストーブの話をするときに戻ってきます。
走れた時間が32%延びた。では、何が延びたのか
測り方はこうです。
自分の5km自己ベストの速さで、トレッドミルの上を、走れなくなるまで走る。時間にしておよそ15分のテストでした。持久走というより、限界までの粘りを測るテストだと思ってください。
結果、サウナのあった期間は、なかった期間にくらべて、走れた時間が32%延びたと報告されています。推定の幅は21〜43%でした。
この「幅」の意味を、少し噛み砕きます。32%という数字がぽつんと一つあるのではなく、本当のところは21%から43%のあいだのどこかにありそうだ、という言い方です。幅が広いのは、人数が6名だからです。
もうひとつ添えておきます。この研究で使われている幅は90%のものです。医学の研究では95%の幅を使うことが多く、95%で示せば幅はもう少し広がります。狭いほうの基準が使われている、と頭の隅に置いておいてください。
そして、ここからが大事なところ。
同じ研究では、この結果を持久系のタイムトライアル、つまり決まった距離をどれだけ速く走れるかという勝負に置き換えると、およそ1.9%の改善に相当すると換算されています。幅は1.3〜2.4%。
32%と、1.9%。
同じ結果から出た、別々のものさしの数字です。32%は「走れなくなるまでの時間」、1.9%は「レースのタイムに直したら」。この二つを混ぜて「サウナでタイムが三割縮む」と読んでしまうと、まったく違う話になります。
競技をされている方にとって、1.9%は決して小さくない数字です。ただ、三割ではありません。ここを分けて書くことが、この研究に対する最低限の礼儀だと思っています。
増えていたのは、血液の量でした
この研究がおもしろいのは、成績だけでなく、体の側も測っているところです。
3週間後、血漿量が7.1%増えていたと報告されています。血漿というのは、血液のうち液体の部分のこと。赤い粒を浮かべている、あの透きとおった液です。
赤血球量は3.5%の増加。こちらは、酸素を運ぶ粒そのものの量です。
液も増え、粒も増えた。つまり、体をめぐる血液の量が全体として増えていた、ということになります。汗をかき続ける環境に体を置くと、体は水分を抱えておく側へ舵を切る。暑さに体が慣れていく過程として、以前から知られている現象です。
さらにこの研究では、走れた時間の変化と血漿量の変化の相関が0.96、体をめぐる血液の総量との相関が0.94だったとされています。
相関というのは、二つの数字がどれくらい足並みをそろえて動いたかを表す指標です。1.0に近いほど、ぴたりとそろって動いている、という意味になります。0.96は、かなり高い数字です。
ただし、ここで一歩下がります。
足並みがそろっていることと、片方が原因であることは、別のことです。血が増えたから走れた、と言い切るには、この研究だけでは足りません。しかも6名の相関は、たまたま高く出ることも、たまたま低く出ることもあります。
走れた時間と、血液の量が、そろって動いた。
この研究が言えるのは、そこまでです。そしてそれは、それだけで十分におもしろい結果だと思います。
この研究に、入っていなかったもの
書かれていないことのほうが、読む側には役に立ちます。
まず、水風呂がありません。外気浴もありません。研究の条件は、走ったあとに約90℃のサウナへ入る、それだけです。日本のサウナですっかり当たり前になった「サウナ、水風呂、外気浴」の一往復は、この研究の設計には含まれていません。
ですから、この32%は、水風呂や外気浴を含んだ入り方についての数字ではない、ということになります。
次に、誰を対象にしたか。男性の競技ランナー6名です。女性は入っていません。年配の方も、走る習慣のない方も、持病のある方も入っていません。ニュージーランドでの研究であって、日本人を対象にしたものでもありません。
この結果を「誰にでも同じように起きること」として読むことは、できません。
加えて、6名の介入試験というのは、原因と結果を確かめるには小さすぎる規模です。方向を指し示す矢印にはなっても、結論の石碑にはなりません。のちの研究がこの矢印をどう扱ってきたかは、このシリーズの別の記事で扱います。
そしてもうひとつ。血液の量が動くということは、体の水分のやりくりが動くということでもあります。心臓や腎臓に持病のある方、血圧の薬や、水分の出方に関わる薬を飲んでいる方は、サウナに入ること自体について、まず主治医にご相談ください。ここは私たちが助言してよい範囲ではありません。
届かない線は、はっきり引いておきます。
「運動直後」を、盛岡でどうつくるか
ここからは、サウナを設置する側の話です。
この研究の条件のなかで、家庭に持ち帰るのがいちばん難しいのは、温度でも時間でもありません。「運動直後」の四文字です。
盛岡から市内の施設サウナまで、車でおおむね20分から30分。走り終えて、汗を拭いて、着替えて、車に乗って、受付をして、それから入る。着くころには、体温も心拍も、走っていたときの状態からはずいぶん離れています。
これは施設が悪いという話ではまったくありません。施設には施設の良さがあります。仲間に会える、水風呂が深い、掃除が行き届いている。ただ、研究のプロトコルとは別の条件になる、というだけの話です。
走り終えて三十秒で扉に手が届く。その条件をつくれるのは、家の庭か、家の中しかありません。
もっとも、自宅サウナの施工でお客様から聞くのは、実は競技の話ではないことのほうが多いのです。冬に走ったあと、体が冷え切る前に温まれる。それだけで冬のあいだも走り続けられた、という声。研究の数字とは別のところで、続くかどうかが変わっているようです。
続かないものは、効きようがありません。私たちが見てきた範囲では、そこがいちばん大きい差になります。
汗をかく前提で、水を考える
31分。
この研究の、1回あたりの平均滞在時間です。約90℃で31分となれば、出ていく汗の量は相当なものになります。
岩手の冬は、ここに条件が重なります。暖房を焚いた室内は、よく乾きます。薪ストーブの部屋なら、なおさらです。喉が渇いたと感じないまま、体の水分だけが静かに減っていく。雪かきをして、家に入って、気がついたら昼まで一口も飲んでいなかった。そういう経験のある方は、この土地には多いはずです。
その体で、汗をかく場所に入る。
私たちが見てきた範囲では、自宅サウナで最初につまずくのは、温度でも時間でもなく、水分です。入る前に一杯、途中で一杯、出てから一杯。この単純な段取りを決めておくかどうかで、そのあとの体の楽さがまるで違う、という声をよく聞きます。
なお、この研究に水分の取り方が書かれていたわけではありません。ここは、私たちが現場で見てきた範囲の話としてお読みください。
そして繰り返しになりますが、薬を飲んでいる方、心臓や腎臓に不安のある方は、入り方を考える前に主治医の判断を。研究の数字より、その一言のほうがずっと大事です。
薪が90℃に落ち着くまでの、一時間ほど
最後に、温度の話へ戻ります。
研究の条件は、約89.9℃でした。数字だけ見れば、家庭のサウナでも届きそうに思えます。実際、届きます。ただし、届くまでに時間がかかる。
薪のサウナストーブは、火を入れてすぐに90℃にはなりません。炉に火が回り、石が温まり、壁の木が温まって、そのあとでようやく室内の空気が落ち着きます。私たちが施工したサウナ室で見てきた範囲では、外が氷点下に近い岩手の冬なら、着火から使える状態になるまでにおおむね一時間前後。冷え込みの厳しい日は、もう少しかかります。石の量とサウナ室の大きさによっても変わります。
つまり、走り終えて三十秒で扉、を成り立たせるには、走りに出る前に火を入れておく必要がある、ということです。
面倒に聞こえるかもしれません。実際、面倒です。
ただ、走りに出る前に薪をくべて、扉を閉めて、それから外へ出る。帰ってきたときに、煙突から煙がまっすぐ上がっている。あの光景を面倒だとおっしゃる方に、私たちはあまり会ったことがありません。
D'STYLEでは、薪のサウナストーブも、電気のヒーターも、ペレットのサウナも扱っています。どれが正しいという話ではなく、火を入れる時間を暮らしのどこに置けるか、で選び方が変わります。盛岡・国道4号沿いのショールームでは、実際に火の入った状態をご覧いただけます。
研究の数字は、あくまで研究の数字です。それを持ち帰れるかどうかより、冬に温まれる場所が家にあるかどうか。私たちが日々見ているのは、そちらのほうです。
六人のランナーの三週間が、今日もどこかで読まれている。そのくらいの距離で、付き合えばいいのだと思います。
本記事は研究の紹介であり、サウナの設置・使用による疾病の予防や治療の効果を示すものではありません。紹介した研究は、ニュージーランドの男性競技ランナー6名を対象にした小規模な試験であり、水風呂や外気浴は条件に含まれていません。結果がそのまま誰にでも当てはまるものではないことを、あらためて申し添えます。持病のある方、服薬中の方は、サウナのご利用について必ず主治医にご相談ください。サウナ室の設置や温度の実測、機種の選び方については、盛岡のD'STYLEまでお気軽にご相談ください。
参照した研究
- Scoon GSM ほか, Journal of Science and Medicine in Sport, 2007(ニュージーランド)。男性競技ランナー6名のクロスオーバー試験。運動直後に約89.9±2.0℃のサウナへ平均31±5分、3週間で計12.7±2.1回。
- 同研究の報告値:5km自己ベスト速度でのトレッドミル疲労困憊走が対照期比+32%(90%信頼限界21〜43%)延長。持久系タイムトライアル換算で約1.9%(1.3〜2.4%)の改善に相当。
- 同研究の報告値:血漿量+7.1%、赤血球量+3.5%。成績変化と血漿量変化の相関0.96、総血液量との相関0.94。
- 薪サウナの立ち上がり時間、サウナ室内の温度実測、水分の取り方に関する記述は、有限会社D'STYLE(岩手県盛岡市)の施工・運用の経験によるものです。
この記事は研究の紹介であり、効果を保証するものではありません。持病のある方、通院中・服薬中の方は、主治医にご相談のうえご利用ください。