フィンランドのサウナには、ほぼ必ずといっていいほどvihta(ヴィヒタ)が登場します。白樺の若枝を束ねたものです。フィンランド東部ではvasta(ヴァスタ)と呼ぶこともあります。観光写真でよく見るあの「葉のついた枝の束」です。これを体に当て、叩き、なでる。はじめて見る人には不思議な習慣ですが、フィンランド人にとってはvihtaなしのサウナは「核のないリンゴ」に等しい、という表現がされます。
vihtaは「叩く道具」ではない
日本語でvihtaを紹介する文章に「白樺の枝で体を叩く」という説明が多いのですが、これは少し表面的な捉え方です。フィンランドのサウナ文化研究者ハーヴィオ・マンニラ(E. Haavio-Mannila)は、vihtaの使い方を「叩く(lyödä)」ではなく「なでる(silittää)」と「あおぐ(viuhoa)」の組み合わせと説明します。
具体的には、vihtaを白湯に浸して温め、体の肌に沿ってやさしくなでるように動かすことが基本です。ときには軽く叩くような動作もありますが、それは日本のマッサージでいう「軽擦」に近く、強打ではありません。葉から揮発するベツリン(betulin)や他の芳香成分を皮膚と気道の両方に当てる効果を狙っています。
採取の時期とその重要性
vihtaの採取に最適な時期は、フィンランドでは夏至(ユハンヌス、6月下旬)の前後数週間です。この時期の白樺(Betula pendula または Betula pubescens)の葉は、ちょうど成熟して芳香成分が最も豊富に含まれており、かつまだ柔らかくしなやかです。7月を過ぎると葉が硬くなり、8月になると葉が落ちはじめます。夏至の頃に採取してすぐ使うか、乾燥保存するかのどちらかが伝統的な方法です。
採取には一定の作法があります。若くて細い枝を選び、先端から30〜50cmを切る。一本の木から採りすぎない。枝の断面を傷つけないよう鋭いナイフで切る。これらはエコロジカルな理由だけでなく、「木への敬意」という文化的意味も持ちます。フィンランドの農村では、vihtaを採る行為自体が夏の季節の儀式として位置づけられています。
束ね方と使い方の実践
採取した枝は30〜50本程度を束ねます。握った感じが均一になるよう、太い枝を中心に細い枝を外側に配置し、麻ひもや同じ白樺の細い枝で根元をしっかり縛ります。束の直径は握りこぶしより少し太めが適切で、振ったときに解けないことを確認します。
使用前には15〜30分ほど湯に浸けて柔らかくします(乾燥保存品の場合は1〜2時間浸けることも)。温かい湯に浸けると葉からベツリンと芳香成分が溶け出し、その湯をlöylyに使うこともあります。白樺のアロマウォーターとして最高のものです。
使用中はvihtaが乾いたら湯に戻し、また体に当てます。背中や腰、脚の裏など自分では届きにくい部分を家族や友人に当ててもらうのが伝統的な使い方で、これが「サウナは一人でなく一緒に入るもの」というフィンランドの考え方と結びついています。
ベツリンと芳香成分:科学的な背景
白樺(シラカバ)の樹皮と葉には、ベツリン(betulin, C30H50O2)が多量に含まれています。ベツリンは白樺の樹皮が白い理由でもあるトリテルペン化合物で、抗炎症・抗菌・抗腫瘍活性に関する研究が複数あります(Zubik L et al., 2015; Liu J, 1995)。
vihtaの使用でこれらの成分が体に及ぼす影響については、まだ厳密なランダム化比較試験は少ないのが実状です。ただ、白樺の葉エキスを用いた抗炎症・創傷治癒実験の結果は複数あり、saunaとの組み合わせで皮膚の循環が良くなる感覚は多くの利用者が共有しています。白樺水(birch water)はフィンランドの民間医療で古くから利用されており、腎臓・膀胱のサポート、リウマチの緩和として記録があります。
乾燥保存と越冬
夏至に大量に採取し、乾燥させて保存するのが伝統的なフィンランドの方法です。風通しの良い場所で吊るして自然乾燥させると、葉が茶色になりますが芳香成分は保たれます。使用前に湯に浸け直せば、保存品でも十分に使えます。
冷凍保存も可能で、採取後すぐにビニール袋に入れて冷凍すると、解凍後もフレッシュに近い状態で使えます。フィンランドの家庭では夏に大量に作って冷凍し、1年通して使う家庭も多くあります。日本での保存では湿度管理が重要で、梅雨時期に乾燥保存品がカビやすい点に注意が必要です。
vihtaと岩手:シラカバとの関係
岩手県にも白樺(シラカバ、Betula platyphylla)が多く自生します。早池峰山の麓、八幡平の高原、葛巻の牧草地の縁には白樺の林が見られます。フィンランドのvihtaと植物学的に同じ属(Betula)ですが、日本のシラカバはやや葉が大きく成分が異なります。
日本でvihtaを自作することは可能ですが、フィンランド産の白樺と全く同じ香りと質にはなりません。ただ、岩手産シラカバで作ったvihtaには岩手独自の植物由来の成分が含まれ、それ自体に固有の価値があります。盛岡のショールームでは、フィンランド産のvihtaの香りも体験できますので、比較してみてください。
参照・参考文献
- Haavio-Mannila E (1993). Löylyn henki: saunomisen sosiologiaa. Finnish Literature Society
- Zubik L et al. (2015). "Betulin: a natural triterpene from birch bark." Phytochemistry Reviews, 14(3)
- Liu J (1995). "Pharmacology of oleanolic acid and ursolic acid." Journal of Ethnopharmacology, 49(2), 57-68
- Keinänen M, Julkunen-Tiitto R (1996). "Phenolic compounds in the leaves of silver birch." Journal of Chemical Ecology
この記事は研究の紹介と文化解説を目的としています。アレルギーのある方は植物由来の製品に注意し、医師に相談ください。