YOMIMONO / 香りの文化史 TERVA

サウナの香水は、
黒い蜜。

文・有限会社D'STYLE|岩手・盛岡の薪ストーブとサウナの店

公開日:2026年1月12日 / 最終更新日:2026年8月1日

フィンランドの空港の土産物屋には、日本人が二度見する棚があります。真っ黒な飴、黒い石けん、黒いシャンプー。ラベルにはTERVA(テルヴァ)の文字。正体は、松の木からとれるタールです。木タールと聞くと工業製品のようですが、フィンランド人にとってテルヴァは、森と煙とサウナの記憶をまとめて呼び起こす、国民的な香りです。今日は、この黒い蜜の文化史を深掘りします。

帆船の時代、タールは国を支えた

テルヴァの歴史は、香りではなく産業から始まります。17〜19世紀、木造帆船の時代。船体とロープを水と腐りから守る防水剤として、松のタールはヨーロッパ中で引っ張りだこでした。その最大の産地がフィンランド。内陸の森で松材を炭焼きのように蒸し焼きにしてタールを採り、樽に詰め、川を下って港町オウルへ運ぶ。タール樽を積んだ川舟の水運は、この国の一大産業でした。「教会とサウナとタール窯」が村の三点セットと言われた時代です。鉄の船の時代が来て産業としては幕を下ろしますが、香りは暮らしに残りました。燻したような、甘いような、森の奥のような、あの複雑な香りです。

「サウナの香水」になったタール

現代のフィンランドで、テルヴァはサウナの香りの定番です。使い方は簡単で、タールの香りのロウリュ用エッセンスを数滴、桶の水に垂らして石に打つ。立ちのぼる蒸気が、一瞬でスモークサウナ(こちら)の記憶を呼び起こします。電気サウナの家庭でも、香りだけは薪と煙の時代に戻れるわけです。フィンランドには「酒とタールとサウナで治らなければ、その病は死病である」という古いことわざがあるほどで、タールは民間の万能薬でもありました。今も薬局にタール石けんやタールシャンプーが並び、頭皮や肌のケアに使われ続けています。サルミアッキと並ぶ黒い飴、テルヴァ飴は、フィンランドの子どものおやつの定番です。

白樺と松、香りの使い分け

サウナの香りには、もうひとつの主役がいます。白樺です。初夏の若葉で作るヴィヒタ(こちら)の、青くみずみずしい香り。テルヴァの燻香が「秋冬の香り」なら、白樺は「初夏の香り」。フィンランドの家庭は、この二つを季節や気分で使い分けます。日本のヒノキやヒバ(青森ヒバの話)の香りが好きな方は、間違いなくテルヴァも気に入るはずです。針葉樹の樹脂の香りという意味で、根が同じだからです。ロウリュ水に垂らすものは、必ずサウナ用に作られたエッセンスを。精油の原液を石に直接かけるのは、香りが焦げて台無しになるうえ、引火の危険もあるので避けてください。桶の水に数滴、が世界共通の作法です。

香りは、記憶の近道

香りの記憶は、理屈より深いところに残ります。フィンランド帰りの方がテルヴァの蒸気をかぐと、一瞬でヘルシンキの公衆サウナ(こちら)に戻る。子どものころ薪風呂だった方が燻香をかぐと、実家の風呂場に戻る。自宅サウナに香りの引き出しをいくつか持っておくと、同じ部屋が何通りもの場所になります。今夜は森、明日は煙、週末は柑橘。香り一滴の旅です。

香りの相談も、店の楽しみです

岩手・盛岡のD'STYLEでは、ハルビアのサウナヒーターとあわせて、ロウリュの香りの楽しみ方もご案内しています。テルヴァ派か、白樺派か。あなたの香りを探しに、店へどうぞ。

写真: Radomianin (Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)

D'STYLE
橋本 大治(有限会社D'STYLE 代表)

住田町の山主だった祖父から三代、火と生きてきました。英国RODTECH社認定の煙突掃除 安全インストラクター(東北第一号)。盛岡・国道4号線沿いのショールームにいます。

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