FACILITY DATA / 施設情報
| 施設名 | 後生掛温泉(ごしょうがけおんせん) |
|---|---|
| 住所 | 秋田県鹿角市八幡平熊沢国有林 |
| 標高 | 約1,000m(八幡平の中腹、国有林内の一軒宿) |
| 泉質 | 単純硫黄泉(源泉かけ流し・温度調節の加水のみ) |
| 七つの湯 | 箱蒸し風呂・泥湯・火山風呂・蒸気サウナ・一般浴槽・露天風呂 など |
| サウナ | 蒸気サウナ(地熱蒸気)50℃ ロウリュ・外気浴あり 別途 乾式サウナ 99℃ |
| 水風呂 | 11℃(山間部の冷水) |
| オンドル | 天然地熱のオンドル部屋(地熱で床が温まる) |
| 日帰り | 10:30〜15:00(火曜定休、冬季は火水木定休)大人800円 |
| アクセス | 鹿角八幡平ICから車約30分 / 盛岡から東北道経由で約1時間20分 |
| 公式HP | goshougake.com |
後生掛温泉のサウナ温度は50℃だ。この数字を見て「低温すぎる」と思う人には、まずこう言いたい。ここは「サウナ」ではない。「地熱蒸気浴」だ、と。
地面の下から湧き上がる温泉蒸気を直接浴びる体験は、現代の電気サウナやペレットサウナとは根本的に異なる仕組みで成り立っている。数字で比較できるものではなく、カテゴリが違うのだ。秋田県鹿角市の八幡平、標高1,000mの国有林の中に一軒だけある宿が後生掛温泉であり、その宿の浴場には「七つの湯」がある。蒸気サウナはその一つだ。
標高1,000m、八幡平の懐に抱かれた一軒宿
八幡平は秋田県と岩手県の県境に広がる高原で、火山地帯特有の地熱現象が各所で見られる。噴気孔から蒸気が上がり、地面が熱く、泥が沸き立つ。後生掛温泉はその八幡平の秋田側、鹿角市の山中にある。
「後生掛」という地名は「後生を掛ける」つまり「来世に賭ける」という意味とも言われ、かつてこの温泉地が信仰の場でもあったことを示唆している。湯治という概念が根付いた場所だ。療養のために長期滞在し、体を治す。温泉を「使う」のではなく、温泉に「委ねる」という姿勢がある。
その宿に今日、サウナという文脈で訪れる人が増えている。水風呂11℃という数字がサウナ好きの間で話題になり、後生掛温泉の名前が知られるようになった。でも私は、サウナの数字だけでここを語るのは、後生掛に失礼だと思っている。ここには、数字に収まらない体験がある。
七つの湯という設計思想
後生掛温泉の大浴場には、七種類の入浴形式がある。箱蒸し風呂、泥湯、火山風呂、蒸気サウナ、一般浴槽、露天風呂、そして天然地熱のオンドル。これらは「サービスの充実」ではなく、地下から湧き出るものを全部使いきった結果だ。
泥湯は、温泉の泥が底に溜まった浴槽に浸かる。肌に泥が触れ、硫黄の成分が浸み込む。箱蒸し風呂は、首だけ出して木の箱の中に座り、蒸気を体に当てる。江戸時代から続く入浴形式だ。火山風呂は、火山噴気を使ったもので、地熱が直接浴槽を温めている。これらはどれも「地下にあるエネルギーをどう体に届けるか」という工夫の積み重ねだ。
現代のサウナが「ヒーターで空気を熱する」という設計で作られているのに対し、後生掛温泉の蒸気サウナは「地球が作る熱を浴びる」という設計だ。エネルギーの出所が違う。その違いが、体への効き方の違いになる。
蒸気サウナ50℃という温度の本質
蒸気サウナ50℃は、乾式サウナの100℃より数字が低い。しかし蒸気浴の場合、温度よりも湿度と蒸気の成分が体への影響を決める。
単純硫黄泉の蒸気には、硫化水素が含まれている。皮膚から吸収されると、血管を拡張し、血流を促進する効果があると言われている。50℃の空気でも、硫黄の蒸気が皮膚に触れ続けると、乾式サウナとは異なる「体の中から温まる」感覚が生まれる。
フィンランドの伝統的なサウナ「サヴサウナ(煙サウナ)」は、薪を燃やした煙がサウナ室に充満した後、煙を抜いて入る。煙の成分が石や木に染み込み、その成分が蒸気に混じって体を包む。後生掛の蒸気浴は、地下の硫黄成分がそれと同じ役割を果たしている。地球が作る「サヴサウナ」だ。
水風呂11℃は、山が作る
水風呂11℃。秋田のサウナの中でも最低水準の冷たさだ。この11℃は、設備が冷やしているのではない。八幡平の山中を流れる冷水が、そのままこの温度にある。
標高1,000mの山の冷水は、都市の水道水とは別物だ。夏でも山の雪解け水が地下を通り、十分に冷やされて湧き出る。その水が水風呂になる。50℃の蒸気浴を出た直後にこの11℃に入ると、落差39℃の体感が一瞬で体に走る。
この落差は、フィンランドで湖に飛び込むサウナの感覚に近い。フィンランドの湖水は夏でも10〜15℃程度で、後生掛の水風呂11℃は湖水に浸かるのと同等だ。地球の熱で温まり、地球の冷たさで冷やされる。その循環の中に身を置く体験は、この場所でしかできない。
天然オンドルという、床が温かい部屋
後生掛温泉の名物の一つが、天然地熱のオンドル部屋だ。オンドルは朝鮮半島の伝統的な床暖房の形式で、床の下に温風を通して部屋を暖める。後生掛では、地熱の熱が床を自然に温めている。机の下に足を差し込むと、床が温かい。
サウナ後の外気浴は体を冷ますための時間だが、オンドル部屋での休憩は「適度に温かい場所でゆっくり落ち着く」時間だ。冷やして、温める。その繰り返しのバリエーションとして、オンドル部屋は機能している。
私が自宅サウナの設計をする際、外気浴スペースと休憩スペースの両方を考える。冷やす場所と、落ち着く場所。後生掛はその設計が、地球の熱で自然に作られている。
800円で入れる理由と「日帰り湯治」という概念
日帰り入浴は800円。東北の公衆浴場の中でも標準的な料金だ。しかしここで体験できることの密度を考えると、800円は破格だと思う。
七つの湯すべてが使える。泥風呂も箱蒸しも蒸気サウナも水風呂も全部入れる。時間は10:30から15:00の約4時間半。その時間をかけて、七種類の湯を全て体験するのが「日帰り湯治」の正しい使い方だ。
「湯治」という言葉は現代では使われなくなったが、その概念は今も有効だと私は思っている。温泉に繰り返し浸かることで体の調子を整える。一度来て満足するのではなく、定期的に来て体のメンテナンスをする。後生掛温泉はそのための場所として、今も機能している。
盛岡から1時間20分という近さ
後生掛温泉は秋田県にあるが、盛岡からのアクセスが良い。東北道を北上して松尾八幡平ICで降り、八幡平アスピーテラインを上ると、約1時間20分で着く。
岩手と秋田の県境にあるこの場所は、盛岡から日帰りできる「秘境」だ。冬季(11月初旬〜4月下旬)は八幡平アスピーテラインが閉鎖されるため、国道282号線経由のルートになる。冬の後生掛温泉は、雪に閉ざされた中で湯気が立ち上る景色が待っている。
「サウナ」という言葉を超えた体験
私はHARVIAのサウナヒーターを売る仕事をしている。電気ヒーターも薪サウナも、その性能を語り続けてきた。でも後生掛温泉は、そういう「ヒーター」を必要としない。地球が直接、体を温めてくれる。
その体験を一度知ると、サウナというものの射程が広がる。「温めて、冷やして、整う」という体験の本質は、設備の種類ではなく、温度差と時間の使い方にある。後生掛温泉はその本質を、地球のスケールで提供している。
サウナを設計する仕事をしながら、私は「サウナとは何か」を問い続けている。後生掛温泉のような場所を知っているからこそ、自宅サウナの設計に向き合う姿勢が変わる。設備は手段であり、目的は「体と場所が溶け合う体験」を作ることだ。