盛岡は水の街だ。北上川、中津川、雫石川が市内で合流し、岩手山や早池峰の雪解け水が地中に染み込んで街の地下を流れる。「盛岡の湧水群」は環境省の「名水百選」に選ばれており、街のあちこちに飲み水として使える湧水スポットがある。そういう街に暮らしていると、水に対する感覚が研ぎ澄まされていく。「この水は何かが違う」とわかる体になっていく。
そのことを改めて実感するのが、ゆっこ盛岡の水風呂だ。盛岡市上堂、バス停「上堂四丁目」の目の前に立つこの施設は、建築家・今井健太郎によってリノベーションされた大型温浴施設で、盛岡の地下水をそのまま水風呂に引き込んでいる。
建築家・今井健太郎がリノベーションした銭湯
もともとこの場所には「マース盛岡」という施設があった。今井健太郎設計事務所が改修設計を手がけ、「SPA銭湯ゆっこ盛岡」として新しく生まれ変わった。「ゆっこ」は岩手の方言でお風呂のことを指す。
今井健太郎は全国の銭湯リノベーションで知られる建築家で、その仕事は「機能を損なわず、場の空気を更新する」という点で一貫している。ゆっこ盛岡でもその哲学は随所に現れている。浴室に足を踏み入れると、まず目を引くのが右手の壁一面に広がる岩手山のモザイクタイル壁画だ。かなり大きい。盛岡の人間にとって岩手山は単なる山ではなく、街を見守るシンボルであり、帰宅の目印であり、季節を知らせる存在だ。そのシルエットが浴室の壁に静かに広がっているのを見ると、「ここは盛岡の銭湯なのだ」という確信が体に入ってくる。
浴室全体のカラーパレットはグレーグリーンで統一されており、過度に主張しない落ち着いた空間になっている。天窓から差し込む自然光の量も計算されており、朝と夜とで表情が変わる。露天エリアは天井が完全に抜けていて、盛岡の空がそのまま見える。雲の動きをぼんやりと眺めながら外気浴をしていると、「オープンスカイ」という言葉が浮かぶ。
45人収容のスタジアム型サウナ、ツイン遠赤外線ストーブ
サウナ室は大きい。45人収容というのは、東北の銭湯サウナとしては相当な規模だ。L字型3段とI字型1段を組み合わせた構造で、スタジアムのように人が囲む形になっている。ガス遠赤外線ストーブが2台、左右に設置されており、室内全体に均等に熱が回る。温度計は78℃前後を指しているが、これを見て「低いな」と思う必要はない。
遠赤外線の熱は数字ではわからない。空気の温度より体感温度が高い、という現象が起きる。座って2〜3分もすると、普通のサウナより早く汗が噴き出す。体の表面ではなく、皮下の深い部分から温まっていく感覚があり、サウナ室を出た後も体の中心部の熱がしばらく保たれる。遠赤外線の仕事はサウナ室の中だけでなく、出た後の10分間にも続いている。
水曜日は「静寂のサウナ」として運営される。テレビが消え、静かな空間になる。盛岡は静かに過ごせるサウナを求める層も厚く、この試みは常連客に好評だという。
スチームサウナ
ドライサウナとは別に、スチームサウナもある。温度は50℃前後。コの字型ベンチが並ぶ室内には枕が設置されていて、横になって使えるという珍しい設計だ。軟水のスチームが肌に当たる感覚は、乾式サウナとは全く異なる柔らかさがある。ドライサウナでしっかり汗をかいた後、スチームで肌を整えて水風呂へ向かうという使い方もできる。
盛岡の地下水を引いた半円形水風呂
浴室の中央に、円形の大きな浴槽がある。その半分が水風呂で、もう半分がシルク風呂という構造だ。水風呂の温度は16〜17℃。使われているのは盛岡の地下水で、かけ流しにしている。
この水の柔らかさは、盛岡に暮らしていれば体でわかる。岩手山や早池峰を源流とする水は、花崗岩や玄武岩の地層をゆっくりと通過して地下に蓄えられる。その過程で余計なミネラルを持たず、しかし水に必要な成分だけを含んだ軟水になる。肌に当たったときの「絹のような」感触という表現は、大げさではない。入浴後に肌がしっとりする感覚も、この水質から来ている。
水風呂の広さは十分で、手足を伸ばして浸かれる。遠赤外線で深く温まった体をこの水に浸すと、ふわりと軽くなる感覚が来る。東京や大阪の水道水で入る水風呂とは、明らかに違うものがある。盛岡に来てこの水を知ると、都市部の水風呂に物足りなさを感じるようになってしまう。
露天の「空」——盛岡の気候を感じる外気浴
露天エリアに出ると、盛岡の空が広がっている。チェアが並び、足置きがあり、夜は地面に設置された照明が点灯する。露天に出るまでの通路に風除室があるのだが、そこを抜けて外に出た瞬間の空気感が、盛岡を感じさせる。夏は涼しく、冬は刺すように冷たい。その空気と、遠赤外線で温まった体の対比が、いわゆる「ととのう」状態を引き起こす仕掛けになっている。
盛岡は内陸の盆地にあり、夏でも夜は気温が下がる。そのため外気浴の快適な時期が長く、真夏でも深夜に露天で外気浴をしているとちょうどよい。岩手山が見える方角に向かって座ると、山の輪郭が夜空に浮かぶ。そういうことを知っているローカルの常連は、決まって同じ向きに椅子を置く。
高濃度炭酸泉と多彩な浴槽
ゆっこ盛岡の湯の種類は多い。高濃度炭酸泉は体への炭酸の浸透感が強く、入浴後に肌の表面がほんのりと赤みを帯びる。ジェット風呂、電気風呂、寝湯が縦格子で仕切られたエリアにまとめられており、体をほぐす湯が一通り揃っている。露天には替わり湯(季節や日によってシャンパン湯などに変わる)があり、天井の抜けた空間でゆっくり浸かれる。
これだけの浴槽が揃っていると、サウナだけでなく「湯巡り」としても使える施設だとわかる。サウナに特化した人も、湯治的に使いたい人も、どちらも満足できる設計になっている。
23時間営業、朝まで泊まれる
営業時間は10時から翌朝9時まで、23時間だ。2階には有料の休憩室があり、漫画、シアタールーム、フルフラットになるプレミアムルームが揃っている。朝まで仮眠が可能で、盛岡での一泊として使う旅行者も多い。コインランドリーも完備しているため、旅の途中の洗濯もできる。
早朝に来る人も多い。農業や建設業の仕事が早い岩手では、6時台から入浴する文化が地元に根付いている。静かな朝のゆっこで、まだ人の少ない時間帯に入るのも、また違う体験がある。
食事:じゃじゃ麺と大阪王将
館内には食事処がある。盛岡三大麺のひとつ「じゃじゃ麺」が食べられる。みそベースのタレと平打ち太麺で、サウナ後の塩分補給として完璧な一杯だ。食べ終わった後に「ちーたんたん」(残ったタレに生卵と麺のゆで汁を入れたスープ)を楽しむのが盛岡流で、旨味をぎりぎりまで使い切る食べ方が岩手らしい。また、大阪王将も入っており、餃子とビールという選択肢もある。
盛岡に来たのにじゃじゃ麺を食べていない人には、「ゆっこで食べてきてください」と伝えることにしている。
FACILITY DATA
| 施設名 | SPA銭湯ゆっこ盛岡 |
|---|---|
| 住所 | 岩手県盛岡市上堂4-10-8 |
| アクセス | 路線バス「上堂四丁目」目の前 |
| ドライサウナ | 78℃ / 45人収容 / L字3段+I字1段 / ガス遠赤外線ストーブ×2 / TV有 / 水曜は静寂サウナ |
| スチームサウナ | 約50℃ / コの字ベンチ / 枕あり(横になれる)/ 軟水スチーム |
| 水風呂 | 16〜17℃ / 盛岡の地下水かけ流し / 半円形・広め |
| 外気浴 | 露天エリア・チェア+足置き / 天井完全開放 / 夜は照明演出 |
| 浴槽 | 高濃度炭酸泉・シルク風呂・ジェット・電気風呂・寝湯・替わり湯(露天) |
| 入浴料 | 580円〜(最新情報は公式でご確認ください) |
| 営業時間 | 10:00〜翌9:00(23時間)/ 入浴は10:00〜25:00 |
| 設備 | 2F休憩室・漫画・シアタールーム・プレミアムルーム・コインランドリー・Wi-Fi・電源・食事処・アカスリ |
| 支払い | 現金・クレジットカード・電子マネー(料金後払い) |
| 仮眠 | 朝まで宿泊可能 |
ゆっこ盛岡は、盛岡という街そのものを体で知るための場所だと思う。建築家の手によって更新された空間で、岩手山の壁画を眺めながら、この街の地下を流れている水に浸かる。それは観光ではなく、盛岡の日常に一瞬だけ混じる体験だ。盛岡に来る人には、ぜひ一度立ち寄ってほしい。