フィンランドの夏の写真には、よく同じ景色が写っています。森を背にした小さなサウナ小屋、水辺へのびる木の桟橋、その先の静かな湖。フィンランド語で岸辺を「ランタ(ranta)」と言い、岸に建つサウナを「ランタサウナ(rantasauna)」と呼びます。今日は、このランタサウナの話です。湖の数のこと、水の温度のこと、フィンランドの人が水辺で守っている約束のこと。それから、秋田の田沢湖や青森の十和田湖のことも。北東北で湖畔の気分を味わうにはどうしたらいいか、最後にそのことも書きます。
湖の数は、数え方で変わる
「千の湖の国」とよく言われますが、千ではとても足りません。フィンランド統計局のまとめでは、広さ500平方メートル以上の湖がおよそ16万8千。そのうち1ヘクタールを超えるものが、およそ5万7千です。少し前までは「18万8千」という数字もよく使われていました。どの大きさから湖と呼ぶか、どの地図で数えるかで、数字は動きます。湖の数を聞かれたら、「数え方によります」と答えるのが、いちばん正直かもしれません。
フィンランド環境研究所(SYKE)などが運営する水の情報サイトによると、湖は国土のおよそ10分の1をしめます。おもしろいのは深さで、平均すると7メートルほど。広くて浅い湖が多い国です。浅い湖は夏の日差しでよく温まり、冬はしっかり凍ります。温まりやすく、凍りやすい。この性質が、湖とサウナの暮らしを形づくってきました。
なぜ、サウナは水のそばにあるのか
理由は、むずかしくありません。サウナには水がいります。石にかける水、体を洗う水、そして熱くなった体を冷やす水。水道のなかった時代、その水は近くの湖や川からくんでいました。水のそばに建てれば、重い桶を運ぶ手間が減ります。
もうひとつは、冷やす水の気持ちよさです。熱い部屋から出て、数歩で水に入れる。外の空気だけで冷ますのとは、冷え方がまるで違います。フィンランド政府観光局は、コテージとサウナと湖の三つを、フィンランド流のくつろぎに欠かせない組み合わせとして紹介しています。どれか一つ欠けても、何かが足りない。三つはひとつながりのものです。
湖に向けた窓の取り方や建物の寸法は、サウナ建築の話に書きました。ここでは建物よりも、そこで過ごす時間のほうを見ていきます。
ロウリュ、桟橋、湖。その行き来
ランタサウナの過ごし方は、たいてい同じ流れです。サウナ室で石に水をかけ、ロウリュの熱を背中で受ける。汗が流れてきたら外へ出て、ぬれた足で桟橋の板を踏む。夏の板は日の名残りで少しあたたかく、湖の上をわたる風はひんやりしています。はしごを下りて、ゆっくり水に入る。少し泳いだら上がって、桟橋のベンチに座る。体のまわりから湯気が立ち、鳥の声と水の音だけが聞こえます。冷えてきたら、またサウナ室へ。
この行き来を、何度かくり返します。決まった回数はなく、急ぐ人もいません。夕方に火を入れて、気づけば夜の10時。それでも空はまだ明るい。白夜のころの湖畔では、そんな過ごし方がふつうです。湖畔の小屋の暮らしはモッキの話で、湖に立つ朝の霧は霧の話で書いています。
湖の水は、季節で表情を変える
湖の水温は、一年を通して大きく動きます。SYKEなどの水の情報サイトの説明をもとに、ひとめぐり見てみます。
春。氷がとけたばかりの湖は、まだとても冷たい水です。表面が4℃前後になると、水が上下にまざります。水は4℃のときにいちばん重くなるので、この温度がひとつの境目になります。
初夏。風のない晴れた日が続くと、表面だけが先に温まります。泳げそうだと思って入ってみると、足の先が急に冷たい。上はぬるく、少し下は冷たい。そんな層ができるのが、この季節の湖です。
夏の終わり。温かい層は厚くなり、15メートルほどの深さまで届くこともあります。それでも深い底のほうは、一年じゅう4℃前後のまま。湖は夏のあいだも、底に冬を抱えています。
秋。湖は表面から冷えていきます。2026年10月8日の観測では、南部と中部の水温が9〜13℃、ラップランドでは5〜8℃でした。ふたたび4℃前後で水がまざり、やがて氷が張ります。オウル大学の資料によると、湖が凍っている期間は南部でおよそ5か月、ラップランドではおよそ7か月です。冬の湖や氷の穴に入るアヴァントのことは、凍る湖とアヴァントの話にまとめています。
フィンランドの人が守る、水辺の約束
湖とサウナが身近な国なので、水の事故への注意もこまかく伝えられています。フィンランドの水泳指導と水難救助の団体(SUH)は、夏の水辺の心得を十か条にまとめています。そのなかから、サウナと湖にかかわるものを拾ってみます。
- お酒は水辺に持ちこまない。酔ったまま泳いだり、ボートに乗ったりしない。
- 泳ぐときも、サウナに入るときも、一人にならない。何かあったときに助けられる人と一緒に。
- 飛びこむ前に、水の中に岩や杭が隠れていないか確かめる。
- 自分の泳ぐ力を正直に見つもる。冷たい水は、長く泳ぐうちに体をこわばらせる。
- 岸と平行に、足のつく範囲を泳ぐ。
どれも当たり前のことに見えます。けれど、夏至祭のような楽しい夜ほど、当たり前は抜け落ちやすいものです。サウナで温まったあとの体は、思った以上にふわっとしています。お酒が入っていれば、なおさらです。フィンランドの人が湖を楽しめるのは、こうした約束を子どものころから身につけているからでもあります。サウナとお酒のことは、二日酔いの話にも書きました。
秋田の田沢湖は、日本一深い
さて、北東北の湖です。秋田県仙北市の田沢湖は、国土地理院の湖沼調査で深さ423.4メートル。日本でいちばん深い湖です。面積は25.8平方キロ。平均7メートルほどのフィンランドの湖とくらべると、深さはまるで別の世界です。仙北市は、その湖面を「ルリ色」と紹介しています。晴れた日には、吸いこまれるような青に見えます。
田沢湖は、冬も凍らない湖として知られています。土地には、湖の主になった辰子と、八郎潟の主・八郎太郎の伝説が残っています。八郎太郎が冬を田沢湖で過ごすので、田沢湖は凍らない。そう語りつがれてきました。理屈の面から見ると、深い湖は水の量が多く、全体が冷えきるまでに長い時間がかかります。浅いフィンランドの湖が毎年しっかり凍るのと、ちょうど反対の性質です。
この湖には、つらい歴史もあります。1940年(昭和15年)、発電と農業用水のために、強い酸性の玉川の水が湖へ引きこまれました。湖の水は酸性になり、田沢湖だけにすんでいた魚、クニマスが湖から姿を消しました。それから70年ほどたった2010年、山梨県の西湖でクニマスが生きていることがわかります。昔、田沢湖からほかの湖へ卵が送られた記録があり、その子孫が残っていたのです。いま湖畔の田沢湖クニマス未来館では、山梨から来たクニマスに会えます。玉川の水を中和する施設も動いていますが、仙北市のまとめでは、2002年以降も湖のpHは5.0〜5.2ほど。湖をもとの姿に近づける取り組みは、いまも続いています。
十和田湖と、小さな湖たち
青森と秋田にまたがる十和田湖は、火山の活動でできたカルデラ湖です。国土地理院の調査で、深さは326.8メートル、面積は61.1平方キロ。十和田八幡平国立公園の中にあり、国の特別名勝と天然記念物にも指定されています。湖から流れ出す奥入瀬渓流の森歩きは、奥入瀬の話に書きました。
北東北には、もっと小さな湖もたくさんあります。岩手と秋田にまたがる八幡平の山の上には、八幡沼をはじめ、沼や湿原が点在しています。青森の白神山地のふもとには、森のなかに大小の湖が散らばる十二湖があります。盛岡の北には、冬のワカサギ釣りで知られる岩手の岩洞湖。大きさも成り立ちもさまざまで、それぞれに季節の顔があります。氷の上で冷えた体をサウナで戻す話は、ワカサギ釣りの話でどうぞ。
日本の湖では、サウナのあとに飛びこまない
ここで、はっきり書いておきます。北東北の湖で、サウナのあとに飛びこむことはおすすめしません。
日本の湖で泳げる場所と時期は、それぞれ決められています。たとえば田沢湖には遊泳場があり、観光協会の案内では、泳げるのは7月中旬から8月末までの予定で、時間も決まっています。火気は厳禁で、バーベキューや花火もできません。決められた場所の外は、急に深くなったり、水が冷たかったりします。泳ぐときは、その湖の管理者や自治体の案内に従ってください。
十和田湖や八幡平は、十和田八幡平国立公園の中です。国立公園の特別地域では、建物などの工作物を建てるのに許可がいります。ほかの湖にも、それぞれの土地のきまりがあります。湖のそばにサウナ小屋を、と思っても、まずは土地のきまりを確かめるところからです。
フィンランドの湖畔の過ごし方には、下地があります。自分の岸辺があり、水の深さを知りつくし、桟橋とはしごがあり、一緒に入る人がいる。熱い体で冷たい水に急に入ると、息が乱れることもあります。条件のそろわない場所で、形だけまねるのは危ないことです。
北東北の湖畔気分は、管理できる水から
北東北で湖畔の気分を味わう方法は、ちゃんとあります。鍵は、自分で管理できる水です。深さがわかり、温度がわかり、すぐに上がれる水。家の水風呂や、冷たいシャワーがそれにあたります。水風呂なら、水温を測って、その日の体に合わせて入れます。岩手や青森、秋田の冬なら、水道の水でも十分に冷たく感じる日があります。
湖に向けた窓のかわりに、庭の木が見える窓を。桟橋のかわりに、木のすのこと外気浴の椅子を。湖をわたる風のかわりに、北東北の澄んだ夜の空気を。ロウリュ、水、外の空気。この行き来の心地よさは、湖がなくても、きちんと味わえます。
水風呂の大きさや温度、置き場所の考え方は水風呂の設計ガイドに、水風呂を置けないときのシャワーの使い方は水風呂がなくても、ととのえる話にまとめました。D'STYLEは、北東北で家庭のサウナづくりをお手伝いしています。湖畔の小屋のような一室を考えてみたい方は、自宅サウナのはじめ方からどうぞ。
出典
- Tilastokeskus(フィンランド統計局):湖の数(500㎡以上 約168,000、1ha超 約57,000)
- Statistics Finland: Finland in Figures – Environment and nature
- Vesi.fi(SYKE ほか): How much water do the Finnish lakes hold?
- Vesi.fi: Surface water varies in temperature
- Vesi.fi: Water temperature(2026年10月8日の観測)
- University of Oulu: Northern Nature – 湖の結氷期間
- Visit Finland: Relax like a Finn
- Visit Finland: Must-experience saunas in Finnish Lakeland
- Suomen Uimaopetus- ja Hengenpelastusliitto(SUH):10 vinkkiä vesiturvallisen kesän viettoon
- 国土地理院:湖沼調査 調査実施湖沼一覧(田沢湖・十和田湖の面積と深度)
- 仙北市:田沢湖 観光情報
- 仙北市:辰子姫伝説
- 仙北市:クニマス情報
- 山梨県:クニマスについて
- 秋田県環境センター年報(1991):田沢湖と玉川導水に関する報告(PDF)
- 田沢湖・角館観光協会:田沢湖遊泳場
- 環境省:十和田八幡平国立公園の特徴
- 環境省:国立公園において許可又は届出が必要な行為



