フィンランドの年間を通じて最も重要な祝日は何かと問えば、多くのフィンランド人が「ユハンヌス(Juhannus)」と答えます。日本のお盆に相当する、先祖への敬意と夏の再生を祝う日です。毎年6月の最終週に設定されるこの祝日には、フィンランドの人々は都市を離れ、湖畔のコテージ(mökki)へ向かいます。そしてサウナを焚きます。
ユハンヌスとは何か:夏至祭の起源
ユハンヌスはキリスト教の「洗礼者ヨハネの祝日(Juhannuspäivä)」に由来しますが、その根底には古代フィンランドの夏至祭「Ukon juhla(ウッコ神の祭り)」があります。ウッコはフィンランド神話の雷神・天空神であり、農業の豊穣を司る存在です。夏至の最も日が長い夜に、その年の豊穣への感謝と来年への祈りを捧げる祭りが、キリスト教伝来後にヨハネの祝日と融合しました。
現代のユハンヌスにはキリスト教的要素はほぼ残っていませんが、「夏至の力」「自然との和解」「共同体の再生」という本質は引き継がれています。この夜は魔法が効く特別な夜であり、自然界のルールが変わる一夜だという信仰は、農村では今も生きています。
焚き火(kokko)とサウナの組み合わせ
ユハンヌスの定番は、湖畔に大きな焚き火(kokko)を焚き、その傍らでサウナを焚くことです。kokkōは通常、木の幹や薪を高く組み上げた篝火で、湖の上から見えるほどの大きさになることもあります。フィンランド語で「ユハンヌスの火を焚く」は「polttaa kokko(コッコを燃やす)」と言い、地域によっては祭りの主役は花火ではなくkokkōです。
kokkōが燃え盛る中でサウナに入り、汗をかいたあと湖へ飛び込む。あるいはサウナのテラスから炎を眺める。こうした体験は、フィンランドのユハンヌスの定番的な光景です。kokkōの煙は「悪霊を払う」という民俗信仰があり、夏至の夜の特別な浄化として位置づけられています。
白夜の中のサウナという体験
ユハンヌスの頃のフィンランド(緯度60〜70度)は、太陽が沈まない白夜の時期です。ヘルシンキ(緯度60度)でも夜10時を過ぎても明るく、ロヴァニエミ(緯度66度)では太陽が24時間沈みません。この「終わらない夕方」の中でサウナに入る体験は、日本のサウナとは根本的に異なる時間感覚を生みます。
夜10時に外気浴のベンチに座り、白夜の空を見上げる。湖面は夕暮れ色に染まっているのに、時計は夜半を過ぎている。この時間の崩壊感がユハンヌスのサウナの特別さです。フィンランドの民俗学者マルティ・ハーヴィオ(Martti Haavio)は、ユハンヌスの白夜を「時間が止まる夜」と表現しており、この特別な感覚がサウナの体験を更に深める、と述べています。
ユハンヌスの占い習慣とサウナ
フィンランドの若い女性の間には、ユハンヌスの夜に「未来の夫の姿を見る」占いの習慣がありました。その方法の一つが、サウナに入ったあと裸のまま畑に行き、特定の草花を摘み、それを枕の下に入れて眠ると夢に将来の配偶者が現れる、というものです。また、井戸の水面に自分の顔が映るのを見た相手が夫になるとも言われました。
これらの占いには、ユハンヌスの夜の「魔法の時間」という民俗信仰が背景にあります。サウナはその浄化機能から、占いの前の身体的・精神的な準備の場として位置づけられていました。現代のフィンランドではこれらの占いを実践する人は少なくなりましたが、ユハンヌスのサウナが「特別な夜の特別な体験」であるという感覚は今も生きています。
vihtaの最良の素材が夏至に採れる理由
ユハンヌスはvihtaの採取に最適な時期でもあります。白樺の葉が夏至前後に最も柔らかく芳香成分が豊富であることは前述のとおりです。「ユハンヌスのvihtaは最高のvihtaである」というフィンランドの言葉があり、この日に採取したvihtaは特別な力を持つとされていました。sauna、kokko、vihta、avanto。ユハンヌスにはフィンランドのサウナ文化の要素がすべて集約されています。
岩手の夏と、フィンランドの夏至
岩手の夏は短く、盛岡では6〜8月の3ヶ月が「夏」です。夏至の頃(6月下旬)は梅雨の季節でもあり、フィンランドのような明るい白夜体験はありませんが、日照時間は東北でも年間最長の季節です。岩手の人たちにとって「夏は薪を割り、冬のサウナに備える季節」です。フィンランドでも夏至には次のサウナシーズンのためのvihtaを準備します。この「夏に冬の準備をする」という発想が、北方の寒冷地に共通する生活の知恵です。
参照・参考文献
- Haavio M (1961). Suomalainen mytologia [Finnish Mythology]. Werner Söderström
- Sarmela M (1994). Suomen perinneatlasn karttaliite [Finnish Folklore Atlas]. Finnish Literature Society
- Virtanen L, DuBois T (2000). Finnish Folklore. University of Washington Press
- Finnish Heritage Agency (Museovirasto): Juhannus — traditions and customs (2021)
この記事は文化・民俗学の紹介を目的としています。