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フィンランドの森と湖を上から見た景色
YOMIMONO / 森のくらし JOKAISENOIKEUDET

だれの森でも、歩いていい。
フィンランドの自然享受権

文・有限会社D'STYLE|岩手・盛岡の薪ストーブとサウナの店

公開日:2026年10月25日 / 最終更新日:2026年10月25日

フィンランドの夏、森の小道を歩くと、膝くらいの高さの低い茂みが足もとに広がっています。よく見ると、小さな青い実がびっしりついている。通りがかった人が腰をかがめてひとつかみ摘み、口に入れて、また歩いていきます。その森がだれの土地なのか、気にする様子はありません。フィンランドでは、持ち主がだれであっても森や野を歩き、ベリーやきのこを摘むことが認められています。今日は、この「自然享受権」と、森で過ごした一日をサウナで締めくくる、フィンランドの暮らしの話です。

森を歩く権利に、名前がある

フィンランド語では、この権利を長く「ヨカミエヘンオイケウス(jokamiehenoikeus)」と呼んできました。英語でも Everyman's right、「どの人にもある権利」と訳されてきた言葉です。国の森を管理するメッツァハッリトゥスは2023年、男女を問わない言い方として「ヨカイセンオイケウデット(jokaisenoikeudet)」、つまり「だれもの権利」という呼び方に切り替えました。新しい呼び名は、まだ少しずつ広まっているところです。

おもしろいのは、この権利をまとめて定めた一本の法律がないことです。刑法や水についての法律など、いくつもの法律に「ここまではしてよい」「ここからは罰する」という線が散らばっていて、それをひとまとめにして呼んだ名前が自然享受権です。土地の持ち主に許しをもらう必要はなく、お金もかかりません。フィンランドに住む人も、旅で訪れた人も、同じように森に入れます。

してよいこと、してはいけないこと

フィンランド環境省の冊子や、国の自然公園の案内をもとに、要点を並べてみます。

してよいこと。歩く、スキーで滑る、自転車で走る。休んだり、泳いだり、日なたでお弁当を広げたりする。週末くらいの短いあいだなら、テントを張って泊まる(長く泊まるなら、持ち主に相談します)。守られている種類でなければ、ベリーやきのこ、野の花を摘む。竿と糸だけの釣りや、凍った湖に穴をあけての釣り。湖や川で泳ぎ、ボートをこぐ。

してはいけないこと。人の家の近くでテントを張ったり、騒いだりして、暮らしの静けさを乱す。庭や畑、植えたばかりの林に入る。生きた木を切る、枝を折る、幹を傷つける。コケや地衣類、倒れた木を持ち帰る。鳥の巣やひなに近づく。車やバイクで道の外を走る。そして、よその土地で勝手に火をおこす。

火については、とくに厳しく決まっています。焚き火は自然享受権に含まれず、決められた焚き火場を使うか、土地の持ち主の許しが要ります。森林火災の警報が出ている日は、許しがあっても森の中やそばで火をおこせません。持ち運びのできる携帯コンロは、焚き火とは別の扱いです。ほかにも、ベリーを摘むときは家から50メートル以上離れる、3月1日から8月19日までは犬をリードにつなぐ、といった目安があります。国立公園や自然保護区では、テントを張れる場所が決まっているなど、さらに上乗せの決まりがあります。

1914年、コケモモ摘みの裁判

この権利は、昔の暮らしの中から育ってきました。森のベリーやきのこは、長い冬を越すための大事な食べ物です。18世紀には、村の共有地を分けて個人の土地にする大きな改革がありました。土地を持たない人が増えても、人びとは他人の森で実を摘み続けました。

1914年の秋、フィンランド南東部で、コケモモを摘んでいた女性たちが、土地の持ち主に摘んだ実を渡すよう求められる出来事がありました。下の二つの裁判所は持ち主の言い分を認めましたが、最高裁判所は、他人の土地でベリーを摘んでも罰せられないと判断します。この判決が、のちの考え方の土台になりました。「ヨカミエヘンオイケウス」という言葉ができたのは1930年代です。いまもフィンランドの人のおよそ半分が、毎年ベリーを摘んでいるといわれます。

指先が青く染まる季節

ベリーの季節は、7月の半ばに始まります。最初に熟すのはビルベリー。日本で見かけるブルーベリーの仲間ですが、実の中まで濃い紫色をしています。摘んでいるうちに指先も唇も青く染まって、家に帰るころには、だれが森へ行っていたかひと目でわかります。同じころ、ラップランドやクーサモ、カイヌーの湿地では、オレンジ色のクラウドベリーが熟します。数が少なく、北の人たちにとって特別な実です。8月の半ばからはコケモモ。赤くて酸っぱい実で、10月の半ばまで摘めます。

きのこは8月から10月ごろ、雨のあとが狙い目です。黄色いアンズタケ、黒いクロラッパタケ、ずんぐりしたヤマドリタケ。籠を下げて森へ入り、夕方には台所でバターと一緒に炒める。森と台所がひと続きになっているような暮らしです。

もちろん、フィンランドでも「わかるものだけを採る」が鉄則です。国の自然公園の案内は、いくつもの図鑑や資料で確かめること、迷ったら詳しい人と一緒に歩くことを勧めています。春に出るシャグマアミガサタケは、店でも売られるほど身近なきのこですが、生のままでは毒があります。フィンランドの食品の安全を担う役所は、たっぷりの湯で2回ゆでこぼすよう案内しながら、2回ゆでても毒のおよそ5分の1が残るという調べも公表しています。

森で過ごした日の、サウナ

森で半日を過ごすと、体はいろいろなものをまとって帰ってきます。草の汁、汗、虫よけのにおい、湿った土。夏のコテージ(モッキの話)では、そんな日の夕方にサウナを焚きます。ベリーの籠を台所に置いて、ストーブに薪をくべる。部屋が温まるまでのあいだに、摘んだ実から葉っぱを取りのぞいたり、きのこの土を払ったりします。

熱い部屋に入ると、かがみっぱなしだった腰と、斜面を歩いた脚がゆるんでいきます。ロウリュの蒸気に、昼間に森で吸ったのと同じ木の香りがまじります(森の香りの話)。汗を流したら湖へ。あがって桟橋に腰かけると、さっきまで歩いていた森が水面に映っています。森の一日は、たいていサウナで終わります。

森の奥でテントサウナを使うときにも、自然享受権の決まりがかかわります。メッツァハッリトゥスの案内では、テントを張ってよい国有地の奥のほうでは、ストーブには自分で持ってきた薪を使うのが基本です。ラップランド、北ポフヤンマー、カイヌー、北カレリアの国有地に限っては、枯れ枝や小枝を燃やすことも認められていますが、公式の焚き火場から500メートル以内では自前の薪だけ、とされています。熱を楽しむにも、森への気づかいがセットになっています(テントサウナの話)。

薪と森と、くらしのお金

フィンランドは、森林を中心とした林業用の土地が陸地の86%を占める森の国です。その森のおよそ6割は、個人や家族のものです。森を持つ人は約62万人、人口の14%近くにのぼります。親から子へ受け継がれることが多く、「家族の林業」と呼ばれることもあります。

つまり、人びとがベリーを摘んで歩く森の多くは、だれかの家の森です。持ち主は木を育てて売り、通りがかる人は実を摘む。ひとつの森を、ちがう形で分け合っているわけです。フィンランドでは、木が育つ量のほうが伐る量より多い状態が続いているとされています。

サウナの薪も、この森から来ます。フィンランドの戸建てや農家などの小さな住まいでは、2016年から2017年の冬にかけて、約690万立方メートルの薪が燃やされました。そのうち19%が、サウナストーブで燃えた分です。別荘で使われた薪も90万立方メートルありました。自然享受権では倒れた木を持ち帰れないので、薪は自分の森で用意するか、買うことになります。森で摘む実は自由でも、サウナを温める薪には、ちゃんと持ち主がいます(白樺の森と林業の話)。

北東北の森も、恵みが深い

岩手・青森・秋田の森も、負けずに豊かです。農林水産省の資料(令和8年版)によると、岩手県のまつたけの生産量は全国2位。ナラの多い県北を中心に木炭づくりが盛んで、黒炭は全国の約4割を占める日本一の産地です。春の山菜では「西わらび」が地理的表示(GI)に登録されています。

青森県は、ねまがりたけとわらびの生産量がどちらも全国2位。秋田県は県の面積の72%が森林で、ねまがりたけは全国4位です。根曲がり竹はチシマザサの若い芽で、雪の重みで根もとが曲がって育つことから、この名前で呼ばれます。皮をむいてみそ汁に入れると、湯気といっしょに初夏の山のにおいが立ちのぼります。

フィンランドの人がベリーの季節を待つように、北東北の人は雪どけを待って山菜の山へ向かいます。季節の山に入って、その土地のものを摘んで食べる。この感覚は、ふたつの国でよく似ています。

日本の山には、持ち主と決まりがある

ただ、決まりのほうは大きくちがいます。日本の森には、国有林でも民有林でも、持ち主や管理する人がいます。フィンランドのように、だれでも他人の森で実を摘んでよいという一般的な決まりは、日本にはありません。持ち主に断りなく山菜やきのこ、木や石を持ち帰ると、森林法の「森林窃盗」に問われることがあります。

国有林について、林野庁は、原則として前もって入林の手続きをするよう案内しています。登山道やレクリエーションの森などで、登山や森林浴を楽しむ場合は届けが要らないこともあります。山菜やきのこを採るつもりなら、その森を受け持つ森林管理署に前もって確かめておくと安心です。北東北は国有林の多い土地で、青森県では林野の約6割が国有林です。秋田県は国有林の面積で全国4位、岩手県は5位です。

個人や集落の山も同じです。地元の人が代々手入れしてきた山菜の場所もあります。入る前に、持ち主や地元の決まりを確かめるのが礼儀です。たき火は、決められた場所のほかではしない。2026年1月からは、市町村が林野火災の注意報や警報を出したときの決まりが強まり、警報が出ているあいだは、火の使用が禁止されます。

きのこは、日本でもいちばん気をつけたいところです。農林水産省は、食べられると確実に判断できないきのこは「採らない」「食べない」「売らない」「人にあげない」と呼びかけています。「こうすれば見分けられる」「こう調理すれば食べられる」といった言い伝えには根拠がないこと、ネットの画像検索だけで判断しないことも、あわせて注意されています。

クマのいる山を、歩くために

北東北の山で、もうひとつ欠かせないのが、ツキノワグマへの備えです。青森県は2026年、4月20日から11月30日まで、県内全域に「ツキノワグマ出没警報」を出しています。6月には八甲田で、タケノコ採りに入った人がクマに襲われて亡くなる事故がありました。岩手県でも2025年の秋、クマによるとみられる死亡事故が続き、県が強く注意を呼びかけています。秋田県は、出没した場所を地図で確かめられる「クマダス」を公開しています。

青森県が山に入る人に向けて挙げている注意は、どれも具体的です。

山菜はクマの好物でもあるので、山菜の山はクマと出会いやすい場所でもあります。出かける前に、県や市町村が出している最新の出没情報を見ておきましょう。

森から帰ったら、家のサウナへ

フィンランドの人は、森を自由に歩けるぶん、森にも持ち主にも気を配っています。北東北の山では、決まりを確かめて、クマに備えて、摘みすぎない。そうやって山から帰った夕方に、家でサウナを焚けたら気持ちがいいだろうと思います。冷えた指先に血がめぐり、山のにおいが汗と一緒に流れていく(山歩きのあとのサウナは登山の話にも書きました)。D'STYLEは、岩手・青森・秋田で、自宅サウナづくりのお手伝いをしています(自宅サウナのはじめ方)。

出典

  1. Finnish Ministry of the Environment「Everyman's right in Finland」(フィンランド環境省の冊子、1999年)
  2. Luontoon.fi(メッツァハッリトゥス)「Everyman's Rights」
  3. Luontoon.fi「Berry and mushroom picking」
  4. Luontoon.fi「Kota tents and sauna tents」
  5. Visit Finland「The dos and don'ts of free-roaming in Finland」
  6. This is Finland「How "every person's right" in Finland evolved over more than a century」
  7. Euronews(2023年7月)メッツァハッリトゥスの呼び名の変更について
  8. Ruokavirasto(フィンランド食品局)「False morels should be handled correctly」
  9. Ruokavirasto「Nearly one-fifth of toxin remains in false morels despite boiling recommendation」
  10. Forest.fi「Resources and ownership」
  11. Luke(フィンランド自然資源研究所)「Fuelwood consumption in small-scale housing 2016/2017」
  12. 農林水産省「岩手県の農林水産業の概要」令和8年版
  13. 農林水産省「青森県の農林水産業の概要」令和8年版
  14. 農林水産省「秋田県の農林水産業の概要」令和8年版
  15. 林野庁「国有林野への入林について」
  16. 林野庁 四国森林管理局「国有林へ入林される皆様へのお願い」(森林窃盗と森林法第197条)
  17. 農林水産省「秋の味覚にご注意を!きのこを安全に美味しく食べるために」
  18. 青森県「クマの出没に注意してください!」
  19. 岩手県「ツキノワグマ対策について」(令和7年10月24日)
  20. 秋田県 ツキノワグマ等情報マップシステム「クマダス」
D'STYLE
橋本 大治(有限会社D'STYLE 代表)

住田町の山主だった祖父から三代、火と生きてきました。英国RODTECH社認定の煙突掃除 安全インストラクター(東北第一号)。盛岡・国道4号線沿いのショールームにいます。

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