フィンランドのサウナで「最良のlöylyとは何か」を議論するとき、キウアス(石の品質)、vihtaの質と並んで必ず話題になるのが「löylyに使う水の質」です。軟水と硬水、湖水と水道水、そしてアロマ水の選択。これらはサウナ体験の質に実際に影響を与えます。
水の硬度とlöylyの質
水の硬度は、溶解しているカルシウム(Ca²⁺)とマグネシウム(Mg²⁺)イオンの濃度で決まります。WHO基準では、0〜60mg/L(CaCO₃換算)が軟水、120〜180mg/Lが硬水です。フィンランドの多くの地域は軟水(20〜60mg/L)で、日本の水道水は地域差がありますが軟水〜中程度(平均60mg/L前後)が多い。
löylyに使う水が軟水の場合、石の表面に炭酸カルシウムのスケール(水垢)が付着しにくく、石の表面が清潔に保たれます。石の表面の汚れはlöylyの質(蒸気の細かさと均一性)に影響します。硬水地域では石の定期的な洗浄がより重要になります。フィンランドのサウナ職人の多くが「できるだけ軟水を使う」と言うのはこの理由です。
フィンランドの「湖水löyly」という文化
フィンランドのコテージで最高のlöylyとされるのが「湖の水(järvivesi)」を使ったものです。フィンランドの湖水は驚くほど清潔で、飲料水としても使えるほどの地域が多い(特に北フィンランド)。この湖水は超軟水(10〜20mg/L)で不純物が少なく、石の上で最も細かい蒸気を生みます。
「湖から水を汲んで、sauna石に直接かける」という行為はフィンランドのサウナ体験の中で特別な意味を持ちます。湖・サウナ・自然が一つにつながる体験です。現代のコテージでも、電動ポンプで湖水を引いてlöylyに使う設備を持つものがあります。
アロマ水の種類と科学
löylyに香りをつける「アロマ水(tuoksuvas löyly)」は現代のフィンランドサウナでも普及しています。種類と科学的根拠をまとめます。
タールアロマ(Tervatuoksu):フィンランドのサウナ伝統の中核ともいえるのがタール(Terva, テルバ)の香りです。フィンランドタール(Suomalainen Terva)はスコットランドパイン(Pinus sylvestris)の木材から乾留(低酸素加熱)で生産される天然物質。防腐・抗菌作用を持ち、かつては船舶の木材保護や医薬品に使われていました。このタールを数滴löylyの水に加えると、深いスモーキーな香りが広がります。フィンランド人にとって「タールの匂い=サウナの匂い」であり、特に高齢者層にとっては幼少期の懐かしい記憶と結びついています。
白樺アロマ(Koivu):白樺の葉・樹皮から抽出したエッセンシャルオイルまたは水性抽出物。爽やかな青葉の香りで、vihtaの香りを模倣したものです。ベツリノールを含み、実験室レベルでは抗炎症・抗菌作用が確認されています。春のサウナに特に人気があります。
ユーカリアロマ(Eukalyptus):フィンランドのサウナではユーカリも人気のアロマ。1.8-シネオール(ユーカリプトール)が主成分で、上気道の粘膜を刺激し、鼻通りを良くする効果があります。風邪の季節に好まれます。ただしユーカリは非フィンランド産であり、伝統的な意味はありません。
塩(Sauna Salt):岩塩や海塩をlöylyの水に溶かしたものを石にかけると、蒸気が肌に塩分をもたらし、皮膚の角質を柔らかくします。また塩の結晶化が石の表面を磨く研磨効果もあります。この習慣はフィンランドよりもロシア・バルト三国で一般的です。
岩手の水とlöyly
岩手の水道水・地下水の硬度は地域によって異なりますが、概して軟水〜中硬水です。北上山地の地下水は硬度が低く(20〜40mg/L)、フィンランドの湖水に近い性質を持ちます。盛岡市の水道水は北上川水系で、硬度は約40〜60mg/L。löylyに使用するには十分な軟水です。
岩手でのアロマlöylyには、地場産の素材を使った実験も面白いでしょう。岩泉の自然水(岩泉ホールディングス)、岩手山の雪解け水、あるいは岩手産の白樺樹液を使ったアロマlöylyは、岩手のサウナ体験に独自のアイデンティティを与えられるかもしれません。
参照・参考文献
- Finnish Environment Institute (SYKE): Water quality in Finnish lakes (2022)
- Kiuru H, Louekari L (2015). Sauna aromas: traditional and modern. Finnish Sauna Society publication
- Nagulapalli Venkata KC et al. (2017). "Anticancer and antimicrobial activities of birch extract." Molecules
- Juergens UR (2014). "Anti-inflammatory properties of the monoterpene 1.8-cineole." Current Drug Targets
この記事は文化・科学の紹介を目的としています。