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フィンランドのサウナ室。窓の向こうに凍った湖が広がる
YOMIMONO / TAMPERE, THE SAUNA CAPITAL

湖と急流の街は、
サウナの首都を名のった。

文・有限会社D'STYLE|岩手・盛岡の薪ストーブとサウナの店

公開日:2026年10月25日 / 最終更新日:2026年10月25日

フィンランドの南の内陸に、タンペレ(Tampere)という街があります。湖に囲まれ、古くから工業の街として知られてきたところです。この街は、自分のことを「世界のサウナの首都」と呼んでいます。今日は、湖と急流にはさまれたこの街で、公衆サウナが毎日の暮らしにどう溶けこんでいるのか。そして、同じように川と寒い冬を持つ盛岡や北東北から見て、何が近くて何がちがうのか。そんな話をします。

二つの湖と、18メートルの急流

タンペレの街は、二つの大きな湖にはさまれています。北にナシヤルヴィ(Näsijärvi)、南にピュハヤルヴィ(Pyhäjärvi)。水面の高さがおよそ18メートルちがう二つの湖を、街のまん中でタンメルコスキ(Tammerkoski)という急流がつないでいます。水は北の湖から南の湖へ、街をたてに割るように流れ落ちていきます。

街がひらかれたのは1779年、この急流のほとりでした。1820年には急流の水の力で動く綿の工場が建ち、19世紀のうちにタンペレはフィンランドでいちばんの工業の街へ育っていきます。いまも急流の両岸には赤れんがの工場の建物が並んでいて、多くは事務所や店、博物館として使われています。急流と赤れんがの眺めは、フィンランドの国の風景のひとつにも数えられています。

水の多い街で、冬になると湖が凍る。工場の仕事を求めて、多くの人が集まってきた。そうした街の成り立ちと、公衆サウナが多いことは、きっと無関係ではないでしょう。働く人たちが自宅にサウナを持てなかった時代の都市の公衆サウナについては、フィンランドの公衆サウナの話にまとめています。

「世界のサウナの首都」という呼び名

タンペレが「世界のサウナの首都」を名のるようになったのは、2018年のことです。市の観光局の説明では、この呼び名はフィンランド・サウナ協会と国際サウナ協会が後押しして与えたもの。理由として挙げられているのは、公衆サウナの数の多さと、その質の高さです。海外の紹介記事には「市が自ら宣言した」と書くものもあり、街とサウナの団体がいっしょに打ち出した呼び名と受けとめるのがよさそうです。

数字も見ておきます。タンペレ地方では、一年じゅう火の入る公衆サウナが70近くあり、その数はフィンランドでいちばん多いとされています。ページによって「60近く」「70以上」と書き方に幅がありますが、どちらにしても、街のあちこちにサウナがある、と言っていい数です。昔ながらの薪のサウナ、スモークサウナ、湖に浮かぶサウナ船まで、種類もさまざまです。

フィンランド・サウナ協会は、サウナの首都としてのタンペレが、フィンランドのサウナの立場を国の内外で高めている、と述べています。協会そのものについてはサウナ協会の話をどうぞ。なお、2020年にはフィンランドのサウナ文化がユネスコの無形文化遺産に登録されました。これは国全体の文化としての登録で、タンペレの呼び名とは別の話です。

ラヤポルッティ、1906年からの湯気

タンペレの公衆サウナで、まず名前が挙がるのがラヤポルッティ・サウナ(Rajaportin sauna)です。場所はピスパラ地区。フィンランドでいちばん高いエスカー(氷河が残した砂利の尾根)の斜面に、木の家が入り組んで建つ一帯です。工場の仕事で街が大きくなるにつれ、決まった計画のないまま家が建ち、工場や建設の仕事をする人たちが多く暮らしてきました。

ここで湯気が立ちはじめたのは1906年。最初は木造で、1915年に石造りの建物に建て替えられました。いま営業を続ける公衆サウナとしては、フィンランドでいちばん古いとされています。いまも薪で焚いていて、一トンを超える石を積んだ大きな石組みのストーブが部屋を温めます。脱衣所は男女別で、それぞれ15〜20人ほど、サウナ室には12人ほどが入れます。何十年もほとんど姿を変えていないそうで、目立つ変化といえば、1930年代に男女の洗い場のあいだに壁ができたことくらいだといいます。

運営しているのは地元のサウナ協会で、1989年から建物の手入れと営業を担っています。土地は市のもの。2023年12月には、建物が国にとって文化的に大切なものとして、保護の対象になりました。併設の喫茶もあり、サウナのあとにコーヒーを一杯、というのがここの流れです。

観光局の紹介には、ここの蒸気は早い時間には乾いてきびしく、夜が更けるにつれてやわらかく、しっとりしてくる、と書かれています。石に水がかかると、じゅっという音のあとに、熱がゆっくり肩から背中へ降りてくる。百年以上、毎晩そうやって焚かれてきた部屋です。

湖のほとりのサウナと、冬の氷の穴

二つの湖がある街なので、湖畔のサウナも多くあります。北のナシヤルヴィのほとりにあるラウハニエミ(Rauhaniemi)は、1929年に市民の水浴び場として建てられました。サウナが加わったのは1957年で、暖かい脱衣所ができてから、冬に湖で泳ぐ人たちが集まるようになったそうです。年におよそ15万人が訪れる、街でもよく知られたサウナです。ただ、2026年4月から2027年3月まで改修工事が予定されているので、訪ねる方は事前に確かめてください。

同じナシヤルヴィの岸には、カウピノヤ(Kaupinoja)のサウナもあります。サウナから小道と階段で、そのまま湖へ下りられる造りです。月に一度の手入れの日を除けば、ほぼいつでも開いているといいます。南のピュハヤルヴィの島、ペレーンサーリ(Pereensaari)のサウナは、ベンチが2メートルを超える高さにあり、冬に氷の湖で泳ぐ人たちに人気です。

サウナで温まり、凍った湖に開けた穴に入り、また戻る。フィンランドの人たちが冬に繰り返すこの流れは、アヴァント(氷の穴)の話で詳しく書きました。冷たい水は体に強い刺激なので、無理をせず、慣れた人と一緒に、というのが基本です。

暮らしの中の、公衆サウナ

タンペレの観光局は、サウナを、世代も立場もこえた毎日の暮らしの一部として紹介しています。話をする場所であり、家族で過ごす場所であり、ひとりで静かに考える場所でもある。湖畔のサウナには家族連れにも向いているとうたうところがあり、仕事帰りにひと汗かいて、湖で体を冷やして帰る、という使い方も自然にできる距離にあります。

サウナの首都の毎日は、たぶん地味なものです。近所の人が、決まった曜日に、決まったサウナへ行く。顔なじみと少し話して、黙って汗をかいて、帰る。こうした地味な繰り返しが70近くのサウナを支えているのだと思います。一週間の終わりにサウナに入るフィンランドの習わしは、土曜サウナの話で紹介しています。

タンペレの作法と、空気

タンペレの観光局は、公衆サウナの入り方の手引きを出しています。最初に、フィンランドのサウナには決まりごとがあまり多くない、と書かれています。そのうえで挙げられているコツは、次のようなものです。

時間には余裕をもって、急がないこと。入る前にシャワーを浴びること。これはほかの人への気づかいでもあります。水着がいるかどうかは施設によってちがうので、行く前に確かめること。男女いっしょの時間は水着、というところが多いようです。タオルと水のボトルは持参するのがよく、忘れても借りられるところが多いそうです。

サウナ室の中では、上の段ほど熱くなります。混んでいるときは下の段で順番を待ち、先に待っていた人にいちばん熱い場所をゆずる。石に水をかけるのは、たいていバケツのいちばん近くに座った人です。量は、みんなが心地よく座っていられるくらい。ひしゃくの回数を決めて貼り出しているサウナもあります。熱くなったら外の空気を吸いに出るか、湖や冷たい水に入り、また戻る。汗で水分が出ていくので、こまめに水を飲む。話をしてもかまいませんが、声は小さめに。静かに過ごす時間を設けているサウナもあります。

ラヤポルッティでは、昔からの「サウナの平和」を大切にしています。言い争いや携帯電話は、サウナに持ちこまない。ヘルシンキのフィンランド・サウナ協会も、いちばん大事な考え方として、穏やかな空気を守ることを挙げ、熱さの我慢くらべはしないと決めています。湯気の中で人がそれぞれ、自分のペースで静かに過ごす。言葉がわからなくても伝わる空気だと思います(静けさの話)。

盛岡も、川の街です

タンペレの話を読んでいると、盛岡の地図が頭に浮かびます。盛岡は、北上川・中津川・雫石川の三つの川が街の中で出会う、川の街です。冬は寒く、雪も積もります。岩手・青森・秋田の北東北は、どこも長い冬と付き合ってきた土地です。

ただ、正直に書いておくと、盛岡にはタンペレのような公衆サウナの伝統はありません。盛岡の個室サウナの話でも書いたとおり、サウナ専門の施設も、まだ数えるほどです。

そのかわり、北東北には温泉があります。山あいの温泉、町の共同浴場、そして銭湯。体を洗ってから湯に入る、知らない人と同じ湯を分けあう、大声を出さない。日本の湯の作法と、タンペレの公衆サウナの作法は、思ったより近いところにあります。ちがうのは、湯につかるか、蒸気を浴びるか。そして、上がったあとに湖へ入るか、縁側で涼むか。日本の湯の文化については銭湯の話に書きました。

街のサウナと、家のサウナ

タンペレのような街のサウナのよさは、近所の人と熱を分けあえることです。ひとりで火を焚かなくても、行けば湯気が待っている。いっぽうで、北東北のように近くに公衆サウナがない土地では、その役目を家のサウナが引き受けることになります。

家のサウナなら、好きな晩に、好きな温度で、自分のペースで入れます。雪の夜に庭のサウナで温まり、外気で体を冷ます。それだけで、湖はなくても、タンペレの人たちが毎晩味わっている時間に少し近づけるはずです。

D'STYLEは、岩手・青森・秋田の北東北で自宅のサウナをつくっています。はじめ方は自宅サウナの話にまとめました。タンペレの話の続きも、よければ盛岡のショールームでどうぞ。

出典

D'STYLE
橋本 大治(有限会社D'STYLE 代表)

住田町の山主だった祖父から三代、火と生きてきました。英国RODTECH社認定の煙突掃除 安全インストラクター(東北第一号)。盛岡・国道4号線沿いのショールームにいます。

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